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眠る前の小さな約束

「『ゲーム』って言葉も、全然安心できないんだけど」


結衣は楽しそうに笑いながら、身体を伸ばした。


「大丈夫だよ、大樹。今回は本当に何も危なくないから」


「『今回は』って言った時点で、全然安心できない」


麻美が吹き出す。


「かわいそうな大樹。もうトラウマになってるじゃん」


「結衣と一日中一緒にいたら、誰だってそうなるだろ」


「ちょっと!」


結衣が俺の肩を軽く叩いた。


「感謝してよね。私のおかげで、この旅行がずっと楽しくなってるんだから」


舞夜が微笑む。


「それは確かに、そうかもしれませんね」


「舞夜まで結衣の味方か?」


「私は本当のことを言っただけですよ」


俺は呆れながら首を振った。


それを見て、みんなが笑う。


俺たちはホテルのロビーに立ったまま、まだ温泉の余韻が残るような温かな空気の中にいた。


中庭から聞こえてくる水の音。


ホテルのスタッフたちの声。


そして、静かなロビーに響く俺たちの会話。


それらが混ざり合い、不思議と心地よい時間が流れていた。


しばらく、誰も何も言わなかった。


しかし――


またしても結衣が口を開く。


「よーし! みんな、聞いて!」


結衣はまるで司会者のように、俺たちの中央へ移動した。


「ルールは簡単!」


「一人ずつ、自分が今まで一度もしたことのないことを言います!」


「そして、それを経験したことがある人がいたら、その人の負け!」


「……それ、かなり個人的な話にならない?」


麻美が苦笑する。


「だから面白いんじゃん」


結衣は自信満々に笑った。


美子がため息をつく。


「絶対、最後には大変なことになるよ」


「そんなこと言わないの!」


「空気を読んで楽しもうよ!」


松が腕を組んだ。


「ただし、結衣のせいでフロントに助けを求めるようなことにはならないようにな」


「約束!」


結衣が元気よく手を上げる。


……とはいえ。


誰も、その言葉を完全には信用していなかった。


「じゃあ、私から!」


結衣が勢いよく宣言する。


「私は、この旅行中に一度も嘘をついていません!」


沈黙。


全員の視線が結衣に集まった。


「それは無理だろ」


「絶対嘘じゃん」


俺たちの何人かが、ほぼ同時に突っ込んだ。


「ちょっと!」


結衣が頬を膨らませる。


「まだ説明の途中なの!」


「説明する必要ないだろ」


美子が冷静に返す。


「その時点で負けだよ」


「そんなぁ!」


笑い声がロビーに広がった。


結衣は腕を組み、わざと怒ったような顔をする。


「分かった、分かった……次!」


舞夜が小さく一歩前へ出る。


「私は……」


少し考えてから、静かに言った。


「知らない街で迷子になったことがありません」


「それなら、かなり普通だな」


松が言う。


「はい。でも、本当です」


舞夜は落ち着いた様子で頷いた。


「じゃあ、舞夜はセーフだね」


結衣も満足そうに頷く。


「よしよし……じゃあ、大樹の番!」


また全員の視線が俺に集まった。


「……また俺?」


「ゲームのルールだよ」


美子が即答する。


「逃げ道はないからね」


俺は数秒考えた。


言えることなら、いくらでもある。


……いや。


ありすぎるくらいだ。


「俺は……」


言葉を止める。


何人もの視線が俺に向けられている。


そして、なぜか俺の視線は自然と舞夜へ向かった。


ほんの一瞬だけ。


「俺は、この旅行がこんなに穏やかになるとは思ってなかった」


結局、そう答えた。


結衣が瞬きをする。


「それ、地味じゃない?」


「本当のことだよ」


俺が答えると、麻美が笑った。


「でも、妙に正直だね」


舞夜は少しだけ視線を落とした。


まるで、小さな笑みを隠しているようだった。


「……面白い答えですね」


美子が呟く。


それからもゲームは続いた。


笑い声。


無茶苦茶な言いがかり。


そして、次第にくだらなくなっていく告白。


松がなんとかゲームを仕切ろうとしていたが、もう手遅れだった。


結衣は完全にこのゲームを楽しんでいる。


「第二ラウンド!」


結衣が元気よく宣言した。


しかし――


その時だった。


ロビーの時計が、午後十時を告げた。


松が一度だけ手を叩く。


「はい、時間切れ」


「もう終わりだ。寝るぞ」


「えー!」


結衣が不満そうな声を上げる。


「まだ始まったばっかりじゃん!」


「だからこそだよ」


松が即答した。


麻美があくびをする。


「今回は珍しく松に賛成」


美子も頷く。


「これ以上ひどくなる前に終わらせたほうがいいね」


結衣は頬を膨らませた。


それでも、ようやく諦める。


「分かった……」


そして、いたずらっぽく笑った。


「でも、まだ終わってないからね」


「それ、脅迫に聞こえるんだけど」


俺が言う。


「約束だよ」


結衣は笑顔で答えた。


そのやり取りを聞いていた舞夜が、小さく笑う。


「もう遅いですし、そろそろ戻ったほうがいいと思います」


「賢明な判断だな」


松が呟いた。


俺たちは一人、また一人とエレベーターへ向かって歩き始めた。


けれど、廊下を歩きながら俺は思った。


今日みたいな「穏やかな一日」でも――


結衣が近くにいる限り。


どうやら、静かな時間が長く続くことはないらしい。

第179話を読んでいただき、ありがとうございます!


京都旅行の最初の夜は、結衣のゲームで最後まで賑やかな時間になりました。

そして、結衣の「まだ終わってない」という言葉……。


二日目には、いったい何が待っているのでしょうか?


次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!

これからも応援よろしくお願いします!

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