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静かな夜の予感

夕食は、笑い声や会話、そして翌日の謎の特別活動についてのくだらない予想で盛り上がったまま終わった。


食堂を出ると、先生たちは再び俺たちをロビーに集めた。


「これから夜十時まで自由時間です」


「部屋で過ごしてもいいですし、ホテルの共有スペースを利用しても構いません」


「ただし、他のお客様の迷惑にならないよう、騒ぎすぎないようにしてください」


「はい!」


許可が出た瞬間、何人もの生徒がそれぞれ別の方向へ散っていった。


そのまま自分の部屋へ戻る者。


中庭を見に行く者。


そして、ロビーのソファに座って話を続ける者もいた。


「じゃあ、俺は温泉に行ってくる」


悠斗が身体を伸ばしながら言った。


「俺も」


蓮が続く。


松が俺を見る。


「大樹も来る?」


俺は数秒考えた。


正直、少しずつ疲れが出始めていた。


「俺は、先にホテルの中を少し見て回ってみるよ」


「分かった」


「じゃあ、またあとで部屋でな」


三人は廊下の向こうへ歩いていった。


俺はその場に残り、灯籠に照らされた大きな中庭を眺める。


不思議だった。


ホテルにはたくさんの生徒がいる。


それなのに、どこか落ち着いた空気が流れていた。


俺はゆっくりと窓のそばへ近づいた。


小さな池の水面に灯りが映り込み、まるで映画のワンシーンのような景色を作り出している。


「大樹くんも、温泉には行かなかったんですか?」


その声に振り返る。


舞夜だった。


小さなバッグを肩に掛け、こちらへ歩いてくる。


「みたいだな」


舞夜が小さく笑う。


「結衣たちは飲み物を買いに行きました」


「すぐ戻ってくるって言ってましたけど」


「じゃあ、俺たちと同じ状況だな」


俺たちは並んで、しばらく中庭を眺めた。


沈黙は、不思議と気まずくなかった。


今日一日、いろいろなことがあった。


だからこそ、こうして静かな時間を共有するのが心地よかった。


「今日は、楽しかったですね」


突然、舞夜が言った。


「うん」


「思っていた以上に楽しかった」


舞夜は窓の縁にそっと手を置く。


「実は……」


「旅行の前は、かなり緊張していたんです」


「緊張?」


舞夜は頷いた。


「ちゃんと楽しめなかったらどうしよう、とか」


「自分だけ、みんなの中に馴染めなかったらどうしよう、とか……」


少しだけ視線を落とす。


「でも……」


「実際は、全然違いました」


そして、俺のほうへ顔を向けた。


「ありがとうございます」


俺は驚いて瞬きをした。


「なんで俺にお礼を?」


舞夜は少し微笑んだ。


「だって……今日はずっと一緒にいてくれたじゃないですか」


「バスの中でも、観光している時も……」


「ほんの小さな時間まで」


俺はすぐには答えられなかった。


そんな何気ないことが、誰かにとってこんなにも大きな意味を持つなんて、考えたこともなかった。


「お礼なんていいよ」


俺は笑った。


「俺も今日はすごく楽しかったから」


舞夜は数秒、俺を見つめた。


そして――


温かく、素直な笑顔を浮かべた。


「そう言ってもらえて、嬉しいです」


その時だった。


ロビーに、こちらへ近づいてくる足音が響いた。


「見つけたー!」


結衣が、二本のペットボトルとお菓子の入った袋を抱えて現れた。


その後ろから、麻美と美子も歩いてくる。


「やっぱりここにいたんだ」


「どうして分かったんだ?」


俺が尋ねる。


「勘!」


結衣は即答した。


「それに、ここがホテルで一番ロマンチックな場所だから」


「ロマンチック……?」


舞夜の顔が一気に赤くなる。


「結衣!」


「何?」


「ただ、雰囲気を説明しただけだよ」


麻美が笑いながら口を挟む。


「でも、確かにそうかも」


「照明に庭に、夜の雰囲気……」


「まるで映画のワンシーンみたい」


「頼むから、結衣を助けないでくれ」


俺が言うと、結衣は俺にペットボトルを一本渡した。


「はい」


「こっちに来る途中で買ってきたよ」


「ありがとう」


舞夜ももう一本を受け取る。


「ありがとう、結衣」


「どういたしまして」


「だって、親友ならお互いに支え合わないとね」


その「支え合う」という言葉に、俺はすぐに何かを企んでいるような気がした。


舞夜も同じことを感じたらしい。


「……何か変なことを企んでいませんよね?」


結衣は満面の笑みを浮かべた。


「まだね」


「まだ?」


その一言が、俺をまったく安心させなかった。


その後、俺たちはライトアップされた中庭の周りで、他愛のない話をしながら笑い合った。


俺はふと、ロビーの時計を見る。


まだ十時まではかなり時間がある。


そして――


いたずらを企んでいるような結衣の表情を見ていると。


どうやら、このホテルでの静かな夜は――


まだまだ終わりそうになかった。

第177話を読んでいただき、ありがとうございます!


京都旅行の最初の夜、大樹と舞夜は静かな時間を過ごしました。

しかし、結衣の「まだ」という一言が、何かを予感させます。


果たして、この夜に何が起こるのでしょうか?


次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!

これからも応援よろしくお願いします!

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