京都の夜はまだ終わらない
ホテルに戻ると、先生たちは再び俺たちをロビーに集めた。
みんなの顔には少しずつ疲れが見え始めていた。
それでも、京都に来たばかりの興奮はまだ消えていない。
何しろ、今日の予定はまだ一つ残っている。
夕食だ。
「みんな、よく聞いてください」
「これから数分後に食堂へ移動します」
「夕食が終わった後は、夜十時まで自由時間です」
「ただし、それまでには必ず自分の部屋へ戻ってください」
「はい、先生!」
先生の言葉に、生徒たちの間から一斉にざわめきが起こった。
「自由時間?」
「最高じゃん!」
「俺、食べ終わったらすぐ風呂に入ろう」
「俺は寝る」
そんな声が飛び交う中、結衣だけは違うことを考えていた。
「私はホテルの隅から隅まで探検する!」
「それ、たぶん禁止されてるぞ」
俺が言うと、結衣は悪びれもせず答えた。
「見つからなければ大丈夫!」
「いや、それはダメだろ……」
舞夜が小さく笑った。
「先生たちの前で、そんなこと言わないでください」
「大丈夫、大丈夫。冗談だから」
結衣は笑いながら言った。
「……たぶん」
「今、『たぶん』って言ったことのほうが心配なんだけど」
結衣は何事もなかったかのように肩をすくめた。
数分後。
俺たちは食堂へ向かった。
昼食の時とは違い、夕食の時間はずっと落ち着いた雰囲気だった。
照明も少し暗くなっている。
大きな窓の向こうには、いくつもの小さな灯籠に照らされた庭園が見えた。
テーブルの上には、たくさんの伝統料理が並んでいる。
ご飯に魚、汁物、野菜。
それ以外にも、俺には名前すら分からない料理や付け合わせがいくつもあった。
「これ、もう宴会じゃん」
松が俺の向かい側に座りながら言った。
「今日あれだけ歩いたんだぞ」
「俺なら三人前くらい食べられる」
「俺は四人前!」
悠斗がすぐに続く。
「俺は五人前!」
蓮まで便乗した。
「お前ら、食べることしか考えてないだろ」
俺が席につきながら呆れる。
すると松が真顔で答えた。
「お前は自分のことを言えよ」
「京都中を歩き回ったんだぞ」
「体力を回復させないと明日がもたない」
……それには反論できなかった。
数メートル先のテーブルでは、舞夜、結衣、麻美、美子の四人が楽しそうに話している。
時々、舞夜がこちらを見る。
そのたびに俺と視線が重なった。
ほんの一瞬だけ。
そして、なぜか二人とも少し恥ずかしくなって、すぐに視線を逸らしてしまう。
もちろん――
結衣がそれに気づかないはずがなかった。
何かを舞夜の耳元で小さく囁く。
すると、舞夜の顔が一気に赤くなった。
「……結衣、何言ったんだ?」
松が俺に尋ねる。
「知らないほうがいいと思う」
「いや、お前は知ってるだろ」
「知らないって」
「本当に?」
「本当に何も知らない」
松は、からかうような笑顔を浮かべた。
「へぇ……『何も知らない』ねぇ」
俺はその笑顔を完全に無視して、黙々と夕食を食べることにした。
料理は本当に美味しかった。
正直、ここまで美味しいとは思っていなかった。
みんなが午後の観光について話していると、担任の先生がマイクを手に取った。
「みなさん、今日一日楽しめましたか?」
「明日は、いくつかの寺院を訪れる予定です」
「そして午後には、特別な活動も用意されています」
「今日はしっかり休んで、明日に備えてください」
その言葉を聞いた瞬間、食堂の会話が止まった。
「特別な活動?」
「何をするんだろう?」
「先生、ヒントだけでも!」
先生は楽しそうに笑った。
「それは明日のお楽しみです」
「えー!」
「ずるい!」
「教えてくださいよ!」
「これじゃ眠れない!」
食堂中から一斉に不満の声が上がる。
そんな中、結衣が手を挙げた。
「先生!」
「どうした、田中?」
「その特別な活動って……食べ物は出ますか?」
一瞬の静寂。
そして――
食堂中が大爆笑に包まれた。
先生まで笑いをこらえるように口元を押さえている。
「田中さん、君が一番気にするところは、そこなのか?」
「大事なのは優先順位です!」
結衣が堂々と言い切る。
舞夜は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
「もう……結衣には何を言っても無駄ですね」
「私の偉大さを受け入れてくれればいいんだよ」
「それだけは絶対に無理です」
「ひどい!」
再び、食堂に笑い声が広がった。
俺はそんな仲間たちの姿を眺めながら、ふと思った。
なんだか不思議だ。
京都に到着してから、まだ数時間しか経っていない。
それなのに――
俺たちはもう、ずっと先まで残り続けるような思い出を作り始めている。
そんな気がしていた。
そして、なぜか俺は思った。
――この夜は、まだ何かが起こる。
そんな予感がしてならなかった。
第176話を読んでいただき、ありがとうございます!
京都旅行の最初の夜、楽しい夕食の時間が過ぎていきました。
しかし、大樹が感じた「何かが起こりそう」という予感。
果たして、この夜に待っているものとは――?
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
これからも応援よろしくお願いします!




