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出発前の準備

その日の夕方、俺は一つのことばかり考えながら家に帰ってきた。


修学旅行のことだ。


玄関の扉を開けた瞬間、夕食のいい匂いがキッチンの方から漂ってきた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


すぐに母さんの声が返ってくる。


リビングへ入ると、妹の南田恵子が、これ以上ないほど苦しそうな表情で宿題と向き合っていた。


「また数学か?」


「その話はしたくない……」


「じゃあ、相当ひどいんだな」


すると恵子は、消しゴムを俺に向かって投げてきた。


危ないところでそれをかわす。


「お兄ちゃん!」


母さんは料理を並べながら、小さく笑った。


「ほら、座りなさい。夕飯できたわよ」


数分後には父さんも帰ってきた。


いつものように、夕食の時間は穏やかだった。


――母さんが口を開くまでは。


「今日、学校はどうだった?」


「普通だったよ」


「何か面白いことはなかったの?」


「来月の修学旅行が発表された」


その瞬間、恵子の目が輝いた。


「えっ、本当に!?」


「ああ」


「いいなぁ……!」


父さんは箸を置いた。


「行き先はどこなんだ?」


「まだ詳しいことは全部聞いてないけど、京都らしい」


「いい選択だな」


父さんは納得したように頷く。


「学ぶことも多いだろう」


すると母さんが笑った。


「美味しいものもたくさんあるわよ」


「それも大事だな」


みんなで笑った。


「もう荷造りは始めたの?」と母さんが聞く。


「まだ旅行まで時間あるし……」


「どうせ最後の日まで待って、半分くらい忘れるんでしょ?」


何も言い返せなかった。


母さんは俺のことをよく分かっている。


「夕食のあとに始めるよ」


「それがいいわ」


夕食を終えると、俺は自分の部屋へ戻った。


クローゼットを開ける。


数か月間しまいっぱなしだったスーツケースを取り出し、ベッドの上に置いた。


「さて……」


どこから始めればいいんだ?


着替えを一組入れる。


もう一組。


さらにもう一組。


五分後。


スーツケースは、すでにいっぱいになりかけていた。


「Tシャツ一枚で、なんでこんなに場所を取るんだよ……」


どうにか全部を詰め込もうとしていると、ドアをノックする音がした。


「入ってもいい?」


「どうぞ」


入ってきたのは母さんだった。


スーツケースを数秒眺めたあと、大きくため息をつく。


「荷造りが苦手だって言ってたけど……ここまでとは思わなかったわ」


「おい……」


母さんは俺の服を取り出し始めた。


「三日間の旅行に、パーカーを六着も持っていく必要ないでしょ」


「寒くなったらどうするんだよ」


「そのうえジャケットを三着も持ってるじゃない」


「……確かに」


その後の十五分間。


俺の母さんは、ほとんど最初から荷造りをやり直した。


そして完成した頃には――。


必要なものがすべて、きれいに収まっていた。


「母親って、どうしてこんなことができるんだ……?」


母さんは誇らしげに笑う。


「企業秘密よ」


部屋を出ようとしたところで、母さんはドアの前で立ち止まった。


「大樹」


「ん?」


「修学旅行、思いっきり楽しんできなさい」


俺は母さんを見る。


「学校で過ごした思い出って、一生残るものだから」


俺は静かに頷いた。


「うん」


母さんが部屋を出て、再びドアが閉まる。


俺はベッドの上に倒れ込んだ。


しばらく天井を眺めていると――。


スマホが震えた。


メッセージだ。


八神舞耶からだった。


『もう荷造り始めた?』


思わず笑ってしまう。


すぐに返信した。


『さっき終わった……いや、正確には母さんがほとんどやってくれた』


返事はほとんどすぐに届いた。


『ふふ。私のお母さんも、一人で準備させるのは信用できないって言ってた』


『じゃあ、俺たち同じだな』


『みたいね』


少しだけ、やり取りが止まった。


そして。


新しいメッセージが届く。


『早く修学旅行にならないかな』


俺はしばらく、その画面を見つめていた。


深く考えることもなく、指が動く。


『俺も』


それ以上、言葉を加える必要はなかった。


時々――。


たった二つの言葉だけで、相手が伝えたい気持ちをすべて理解できることがある。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

修学旅行の準備が始まり、大樹たちの期待も少しずつ大きくなっていきます。

そして、この旅が彼らにどんな思い出をもたらすのでしょうか。

次回もぜひお楽しみに!

また次の章でお会いしましょう!

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