修学旅行への期待
修学旅行の知らせは、翌週に控えていた数学のテストでさえ成し遂げられなかったことをやってのけた。
誰もが、その話題しか口にしなくなったのだ。
廊下には、何を持っていくか、誰がお土産を買うのか、そして誰が移動中に真っ先に寝てしまうのかを話し合う生徒たちで溢れていた。
先生たちでさえ、もう半ば諦めているように見えた。
授業に集中させようとすること自体、すでに負け戦だった。
「南」
先生の声に呼ばれ、俺は顔を上げた。
「次の段落を読んでくれるか?」
俺は慌てて教科書に目を落とした。
……どこを読んでいるのか、まったく分からない。
「えっと……」
次の瞬間。
教室中から笑い声が響いた。
「やっぱり、お前も話を聞いていなかったようだな」
「すみません……」
「もう修学旅行のことでも考えていたんじゃないか?」
否定できなかった。
なにしろ、先生の言う通りだったからだ。
授業が終わると、結衣はほとんど椅子から飛び出すような勢いで立ち上がった。
「真耶! 大輝!」
俺たちが逃げ出す前に、結衣はすぐ追いついてきた。
「旅行までにやること、全部リストにまとめたわ!」
そう言って取り出したのは、一冊のノートだった。
……いや。
ノートというより、何かの取扱説明書にしか見えない。
「それ、三日間の旅行のためだけのリストなのか?」
俺が尋ねると、結衣は当然のように頷いた。
「もちろんよ」
「服の準備、お土産、バスの中で食べるお菓子、ゲーム、写真、予定、それから――」
「ちょっと、息して……」
真耶が笑いながら言った。
結衣は不満そうに頬を膨らませた。
「二人とも分かってないわね」
「修学旅行なんて、一年に一回しかないのよ!」
「それは確かにそうだけど」
俺が答える。
「でしょ!?」
「でも、五十ページの計画書を作らなくても、俺たちは普通に生き残れると思う」
「四十八ページよ」
思わず、俺は結衣を見た。
「……数えたのか?」
「当然でしょ」
真耶が声を上げて笑った。
最近、彼女はよく笑う。
それでも俺は、まだその姿に完全には慣れていなかった。
真耶が笑っているのを見るたびに、数か月前に出会った頃の彼女を思い出す。
あの頃の彼女と、今こうして笑っている彼女が同じ人だということが、時々信じられなくなる。
学校を出て帰り道を歩いていると、空は少しずつ夕焼けの色に染まり始めていた。
周囲の生徒たちも、まだ修学旅行の話をしている。
すでに、誰と同じ部屋になるのかを話し合っているグループまであった。
「そういえば……」
突然、結衣が口を開いた。
俺たちのほうを見ながら、妙に意味深な笑みを浮かべている。
嫌な予感がした。
「まだ、部屋割りもバスの座席も発表されてないのよね」
「……それがどうした?」
「別に?」
結衣は、さらに笑みを深くした。
「ただ、運命がある人たちには優しくしてくれるといいなって思っただけ」
嫌な予感が、さらに強くなった。
真耶が少し首を傾げる。
「どういう意味?」
「別に」
「本当に、何でもないわ」
結衣が「何でもない」と言う時は、たいてい何かを企んでいる。
そして、その企みが俺にとって良い結果になったことは――ほとんどない。
駅に着き、俺たちはそこで別れた。
真耶は自宅へ向かう道へ進みながら、軽く手を上げた。
「また明日ね」
「また明日」
俺は、彼女が人混みの中へ消えていく姿をしばらく見送っていた。
完全に姿が見えなくなってから、ようやく歩き始める。
「まだ見てた」
その声が、すぐ後ろから聞こえた。
俺は思わず小さく飛び上がった。
「い、いつからそこにいたんだ!?」
「さっきから」
結衣は、いたずらっぽく笑った。
「大輝」
「今回の修学旅行……」
一度、言葉を区切る。
「すごく面白いことになりそうね」
俺は、何と答えればいいのか分からなかった。
けれど。
なぜだろう。
俺も――
まったく同じことを感じていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
修学旅行を前に、みんなの期待はますます高まっていきます。
そして大樹たちを待っているのは、きっと忘れられない数日間になるでしょう。
次の章もぜひお楽しみに!
また次回、お会いしましょう!




