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葵が残した証言

誰も、その紙に触れようとしなかった。


まるで、三年という長い時間そのものが、あのページの間に閉じ込められていたかのようだった。


真夜が深く息を吸う。


「……読むわ」


その声は、ほとんど囁きだった。


誰もが静かにうなずいた。


真夜は細心の注意を払いながら、一枚目の紙を広げた。


インクは少し色あせていた。


それでも、文字ははっきりと読むことができた。


そして――。


真夜は、ゆっくりと読み始めた。



――――――――――



『もし、誰かがこれを読んでいるのなら……』


『それは、私がこれから起こることを止められなかったということです』


『私は、この文章を書いて同情してほしいわけではありません』


『書かなければならないと思ったのは……』


『もうすぐ、誰かが罪のない人を責めることになる気がするからです』



胸の奥が、強く締めつけられた。


真夜は続ける。



『今日、私は拓海が神崎先生と言い争っているところを見ました』



その瞬間。


全員が同時に顔を上げた。


校長が眉をひそめる。


坂本先生は、完全に動きを止めていた。


真夜は、再び紙へ視線を落とした。



『会話のすべてを聞くことはできませんでした』


『でも、拓海が何度も同じことを繰り返していたのは聞こえました』


『あの原稿を、世に出すわけにはいかない』


『そう、何度も言っていました』


『神崎先生は、彼を落ち着かせようとしているように見えました』



由衣が、思わず沈黙を破った。


「……拓海と神崎先生が?」


誰も答えなかった。


真夜は、再び文章を読み始める。



『二人は、私に気づいた瞬間、すぐに会話をやめました』


『何も起きていなかったような顔をしていました』


『でも……私は分かります』


『二人は、何かを隠している』



部屋の空気が、さらに重くなった。


これまで私たちは、拓海が一人で何かをした可能性ばかりを考えていた。


しかし。


今、その事件に直接関わっていたかもしれない、もう一人の人物が浮かび上がった。


真夜は、次のページをめくった。



『蓮は何も知りません』


『私は、それだけは絶対に間違いないと分かっています』


『もし誰かが蓮を責めることになったなら……』


『それは、誰かが早く犯人を作りたがっているからです』



坂本先生が、ゆっくりと目を閉じた。


まるで、その言葉が三年間ずっと胸の奥に残っていた後悔を、改めて突きつけたかのようだった。


真夜は続ける。



『私は、本物の原稿を隠すことにしました』


『蓮を疑っているからではありません』


『誰かが、この原稿そのものを壊そうとしている気がするからです』



私は、テーブルの上に置かれている金属製の箱へ視線を向けた。


葵は原稿を守っていた。


それが永遠に失われてしまうことを防ぐために。


彼女は、追い詰められた末にその決断をしたのだ。



真夜は続けた。



『もし、私に何かあったら……』


『物語が生まれる場所を探してください』


『そこに行けば……』


『すべてが始まった理由を理解できるはずです』



そこで、文章は突然終わっていた。


説明は、それ以上何も書かれていない。


ただ。


最後の一文だけが残されていた。


それまでの文章よりも、明らかに急いで書かれた文字で。



『ごめんね、真夜』



完全な沈黙が訪れた。


真夜の頬を、ゆっくりと涙が流れ落ちた。


彼女が泣いていたのは、友人を失ったからだけではない。


三年間。


葵は、自分一人で恐怖を抱えていた。


誰にも話せなかった。


誰にも助けを求められなかった。


そして真夜は、そのことを今になって初めて知ったのだ。


瑞希が静かに近づき、真夜の肩にそっと手を置いた。


「葵さんは……まだ希望があると信じていたんです」


真夜は涙をぬぐわず、黙って彼女の言葉を聞いていた。


「だから、原稿を隠した」


「だから、これを書いた」


瑞希はゆっくりと言葉を続ける。


「いつか誰かが……真実を見つけてくれると信じていたからです」



私は、もう一度最後のページを手に取った。


そして、そのときだった。


何かがおかしいことに気づいた。


紙の裏側。


懐中電灯の光を斜めから当てると、かすかに鉛筆の線が見えた。


「……待って」


私は紙を裏返した。


そこには、小さな図が描かれていた。


絵ではない。


北棟の、非常に簡単な見取り図だった。


そして、その端の一か所にだけ。


赤い丸が描かれている。


その横には、たった三つの言葉。



『生徒会室』



校長が驚いたように目を見開いた。


「……あの部屋か」


真夜が顔を上げる。


「知っているんですか?」


校長はゆっくりとうなずいた。


「ええ」


「あの部屋は……何年も前から完全に空になっていると思っていた」


誰も使っていない。


誰も近づかない。


そんな場所。


しかし。


すべてが起きる直前に、葵がその場所を印していたのだとしたら――。


そこには、まだ何かが残されている可能性があった。


最後のピース。


そして、もしかすると――。


星龍学園を襲ったあの悲劇の、本当の責任者を指し示す。


決定的な証拠が。


まだ、あの場所に残されているのかもしれなかった。

ここまで第148話を読んでいただき、ありがとうございました!

ついに明らかになった、三年前の出来事に隠されたAoiの想い。

そして、彼女が残した「評議会室」への最後の手がかり。

そこには一体、どんな真実が待っているのでしょうか。

次回もぜひ読んでください!

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