忘れられた第五の人物
歴史資料保管庫に、再び静寂が戻ってきた。
黒い羽根の絵が描かれた紙は、机の上に置かれたままだった。
誰も、その場の空気を壊すような言葉を口にしようとはしなかった。
最初に口を開いたのは、結衣だった。
「……私、この展開嫌い」
舞夜が顔を上げる。
「どういう意味?」
結衣は机の上の紙を指差した。
「これ」
「このメッセージを書いた人、私たちがどこにいるのかも、何を見つけたのかも、次に何をするのかも全部知ってる」
「つまり――」
「私たちが学園に来た時から、ずっと監視されてるってことだよね」
俺には、否定することができなかった。
これまで見つけてきた手がかりは――。
まるで、俺たちが必要とするタイミングを知っているかのように現れていた。
誰かが、影から俺たちの調査を導いている。
坂本先生も、ゆっくりとうなずいた。
「結衣の言う通りね」
「今すぐ北棟へ向かえば、相手の罠に自分から入ってしまう可能性があるわ」
舞夜は、しばらく黙っていた。
そして――。
深く息を吸う。
「でも……」
「もし行かなかったら、真実を知る唯一の機会を失うかもしれない」
校長先生は、机の前に立ったまま動かなかった。
視線は、木の上に置かれた二本の鍵へ向けられている。
やがて――。
静かな声で口を開いた。
「実は……」
「君たちに、まだ話していないことがある」
全員の視線が校長先生へ集まった。
「大したことではないと思っていた」
「だから、話す必要はないと考えていたんだ」
そう言って、校長先生はゆっくりと引き出しを開けた。
中から、一枚の古い写真を取り出す。
写真は、長い年月によって黄ばんでいた。
そして、俺たちへ差し出す。
俺たちは、その写真を見た瞬間――。
見覚えのある四人を見つけた。
舞夜。
葵。
蓮。
そして、匠。
三年前の文学部。
しかし――。
そこには、もう一人いた。
四人の後ろで微笑んでいる、若い男性。
年齢は二十五歳ほどだろうか。
首からは、学園の職員証を下げている。
舞夜が眉をひそめた。
「……この人、覚えてない」
坂本先生も写真を見つめていた。
そして――。
突然、目を大きく見開いた。
「そうだ……!」
校長先生が静かにうなずく。
「彼は、文学部の顧問だった」
「神崎真一先生だ」
俺は、頭の中で今までの情報を整理し始めた。
「……今は、どこにいるんですか?」
校長先生は、ゆっくりと視線を落とした。
「事件の数日後に、学園を退職した」
「それ以来、一度も私たちへ連絡してきていない」
舞夜は、写真を強く握りしめる。
「……調査は?」
「彼についても調べた」
「だが、原稿の盗難と関係しているという証拠は何も見つからなかった」
校長先生は、そこで一度言葉を止めた。
「ただ……」
「彼は、原稿保管庫へ最後に入った人物だった」
背筋に、冷たいものが走った。
それまで俺たちは――。
事件に関わった人間を、ずっと生徒たちの中から探していた。
しかし。
大人が関わっていた可能性など、今まで一度も考えていなかった。
結衣が、俺たち全員の疑問を代わりに口にする。
「じゃあ……」
「私たち、ずっと違う人たちを犯人だと思って探してたってこと?」
誰も答えなかった。
なぜなら――。
青龍学園へ来てから初めて。
その可能性が、現実のものとして感じられたからだ。
校長先生は、再び写真をしまった。
そして、壁に掛けられた時計を見る。
夕暮れが近づいている。
「日没までは、まだ二時間ほどある」
「もし北棟へ行くのなら――」
「君たちは一人では行かない」
校長先生は、はっきりと言った。
「坂本先生と私も一緒に行く」
「三年前、大人たちは君たちを支えることができなかった」
「もう二度と、同じことはさせない」
舞夜は、目を閉じた。
ほんの一瞬だけ。
そして、再び目を開く。
そこには、まだ恐怖が残っていた。
しかし――。
それ以上に強い決意が宿っていた。
「……行きましょう」
「誰が待っていたとしても」
「何が見つかったとしても」
「三年間、誰かが真実を隠していたのなら……」
舞夜は、まっすぐ前を見つめる。
「今日、私たちはその真実を取り戻すための最初の一歩を踏み出す」
その決意を胸に――。
俺たちは歴史資料保管庫を後にした。
廊下を歩いている間。
俺たちの誰一人として、気づかなかった。
校舎の上階にある小さな窓。
そこから、一つの人影が俺たちの動きを見つめていた。
俺たちが十分に遠ざかったところで――。
その影は、わずかに笑った。
「……思っていたより、ずっと遠くまで来たな」
声は、ほとんど聞き取れないほど小さかった。
そして――。
その人影は、古い校舎の暗闇の中へ静かに消えていった。
第百四十四話を読んでくださって、ありがとうございました。
三年前の写真に残されていた、忘れられた第五の人物。
そして――。
その人物を知る者は、まだ学園のどこかにいるのかもしれません。
次に向かうのは、閉ざされた北棟。
そこで待っているのは、真実か――それとも新たな罠か。
次回もぜひお楽しみください。




