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北棟への招待

小さな封筒は、机の上で開いたままになっていた。


たった一つの文章。


それだけだった。


それなのに――。


その言葉は、俺たちの調査の方向を再び大きく変えてしまった。


『最も重要な証拠は、誰も見ようとしない場所に残されている。』


最初に沈黙を破ったのは、結衣だった。


「……どういう意味?」


誰も、すぐには答えられなかった。


校長先生が、ゆっくりと椅子へ腰を下ろす。


俺たち以上に、動揺しているように見えた。


「もし、この報告書が意図的に隠されていたのなら……」


「誰かが、この保管庫の隅々まで知っていたということになる」


坂本先生が腕を組む。


「そして、その人物は――」


「いつか誰かが、この報告書を見つける可能性まで知っていた」


舞夜は、手紙を何度も読み返していた。


そして突然、顔を上げる。


「……『誰も入れない場所』とは書いてない」


「え?」


結衣が首を傾げる。


舞夜は、手紙を見つめたまま続けた。


「『誰も見ようとしない場所』って書いてある」


俺は、すぐにその意味を理解した。


そこには、大きな違いがある。


入ることのできない場所ではない。


誰かが、自分の意思で避けている場所。


校長先生が眉をひそめる。


「この学園に、そんな場所は……」


しばらく考えた後、校長先生は一つずつ思い出すように口にした。


「古い寮の建物は、すでに取り壊されている……」


「旧体育館は閉鎖されたままだ」


「それから……」


そこで、校長先生の言葉が止まった。


坂本先生が、じっと校長先生を見る。


「……北棟のことを考えているんですか?」


校長先生は、ゆっくりとうなずいた。


「そうだ」


「文学部の事件が起きてから、北棟は使われなくなった」


「公式には、建物の老朽化と構造上の問題が理由とされている」


結衣が首を傾げる。


「公式には?」


坂本先生が小さく息を吐いた。


「私も、以前から少しおかしいと思っていたの」


「建物全体を閉鎖するほどの損傷は、なかったはずよ」


背中に、ぞくりとしたものが走った。


「……そこには、何があったんですか?」


舞夜が、ほとんど囁くように答える。


「昔の部活動の会議室」


そして――。


彼女の目が大きく開かれた。


「……原稿保管庫!」


全員が舞夜を見る。


舞夜は、記憶を辿るように続けた。


「新しい図書館が建てられる前は、各部が北棟に活動記録や雑誌、それに制作した作品を保管していたの」


「文学部にも、小さな資料室があった」


坂本先生がうなずく。


「そうだったわ……」


「閉鎖されてから、ほとんど誰も入っていない」


校長先生は、しばらく黙っていた。


「もし誰かが、何かを隠したかったのなら……」


「そこは、確かに最適な場所だ」


その瞬間――。


バンッ!


大きな音が、保管庫の中に響き渡った。


全員が驚いて振り返る。


巨大な金属製の扉が――。


突然、勢いよく閉まっていた。


「……!」


俺たちは一斉に入口へ走った。


俺は取っ手を掴み、力を込める。


動かない。


「閉まってる……」


結衣も、全力で扉を押した。


「開かない!」


校長先生が急いで鍵を取り出す。


鍵穴へ差し込み、扉を開けようとする。


しかし――。


動かなかった。


その時。


廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。


コツ。


コツ。


コツ。


ゆっくりと。


落ち着いた足音。


まるで――。


ここにいる俺たちが閉じ込められることを、最初から知っていたかのようだった。


全員が息を潜める。


足音は、少しずつ近づいてくる。


そして――。


扉の下から、一枚の紙が滑り込んできた。


誰も動けなかった。


紙を置いた人物は、そのままゆっくりと歩き去っていく。


足音が遠ざかる。


俺は、すぐに扉を見た。


校長先生がもう一度鍵を回す。


今度は――。


カチッ。


重い錠が外れた。


扉を開ける。


廊下には――。


誰もいなかった。


ただ一枚。


床に残された紙だけがあった。


俺はそれを拾い上げる。


それは――。


ノートから破り取られた一枚のページだった。


中央には、力強い筆跡で一つの文章が書かれている。


『本当に真実を知りたいのなら――』


『日没前に北棟へ来い。』


右下には、またしても――。


小さな黒い羽根の絵が描かれていた。


舞夜は、その紙を強く握りしめた。


俺たちは、すぐに理解した。


罠かもしれない。


そこへ行けば、何が起こるか分からない。


それでも――。


一つだけ、これまでとは明らかに違うことがあった。


これまで、その人物は俺たちを遠くから導いていた。


手がかりを残し。


警告を与え。


俺たちが真実へ近づきすぎないようにしていた。


しかし、今回は違う。


初めて――。


その人物の方から、俺たちの前へ一歩踏み出してきた。


そして今。


俺たちは――。


自分たちの意思で、その人物に会いに行くことを選ばなければならなかった。

第百四十三話を読んでくださって、ありがとうございました。


ついに、謎の人物から直接届いた一枚の手紙。


次に向かうのは――三年前から閉ざされていた北棟。


そこには、一体何が残されているのでしょうか。


次回もぜひお楽しみください。

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