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動かされる駒

小さなペンダントが、俺の手のひらの上に置かれていた。


銀色の羽根が、温室のガラスの屋根から差し込む光を反射している。


数秒間――。


誰も口を開かなかった。


最初に沈黙を破ったのは、坂本先生だった。


「その印……」


「どこかで見たことがあるわ」


舞夜が顔を上げる。


「どこでですか?」


先生は、しばらく考え込んだ。


「……思い出せない」


「でも、確かに言えることが一つあるわ」


「この羽根は、正式な文学部の紋章ではない」


結衣は興味深そうにペンダントを見つめる。


「じゃあ、誰かが手紙に描かれていたものと同じ羽根を使ったってこと?」


「それとも……」


俺は答える。


「手紙と、このペンダントが同じ人物から来たのかもしれない」


舞夜は慎重にペンダントを受け取った。


そして――。


裏返す。


そこには、小さな文字が二つ刻まれていた。


『R. K.』


舞夜の呼吸が止まる。


「……蓮」


俺たちは、全員同じことを考えた。


黒沢蓮。


しかし――。


舞夜は、ゆっくりと首を横に振った。


「違う……」


「蓮は、ペンダントなんて身につけていなかった」


「それだけは、絶対に覚えてる」


その言葉によって、発見されたものはさらに謎めいた存在になった。


俺は、坂本先生が温室の備品の中から見つけてくれた透明な小さな袋に、ペンダントを入れた。


傷つけたり、汚したりしないためだ。


その間も、結衣は地面を見つめ続けていた。


「……足跡、まだ続いてるよ」


俺たちは、結衣が指差した方向を見る。


彼女の言う通りだった。


泥の上には、いくつもの足跡が残っている。


それは物置から出て――。


温室の裏側にある小さな扉へ向かっていた。


俺たちは慎重に、その跡を追った。


一歩進むたびに――。


誰かを追いかけているという感覚が強くなっていく。


まるで、ほんの少し前までここにいた人物を追っているようだった。


扉の先には、木々に囲まれた細い道が続いていた。


足跡は、しばらくの間まだ確認できた。


しかし――。


数メートル進んだところで、突然消えた。


舗装された道の上には、何の痕跡も残っていない。


「……ずいぶん都合よく消えたね」


結衣が小さく呟く。


坂本先生は周囲を見渡した。


「もし、その人物がここから出ていったのなら……」


「私たちが温室へ入るところを見ていた可能性があるわ」


背筋に、わずかな寒気が走った。


つまり――。


誰かが、ここにいただけではない。


俺たちが来るところまで見ていたということだ。


舞夜は、ゆっくりとその場で周囲を見回した。


木々が風に揺れている。


何も変わったところはない。


静かな場所。


あまりにも静かすぎる。


その時――。


俺の耳に、何かが聞こえた。


パキッ。


森の方からだった。


俺はすぐに振り返る。


「……今の、聞こえた?」


全員が黙った。


そして――。


もう一度。


パキッ。


今度は、さっきより近い。


俺は木々の方へ二歩進んだ。


枝を手で払いのける。


「誰かいるのか?」


返事はない。


聞こえるのは、風に揺れる葉の音だけ。


俺が戻ろうとした、その瞬間だった。


――影が見えた。


誰かが、木々の間を走っている。


ほんの一瞬だけだった。


暗い色の制服を着た人物。


それだけしか確認できなかった。


「待て!」


俺は反射的に走り出した。


「大樹!」


後ろから舞夜の声が聞こえる。


それでも、俺は止まらなかった。


枝が腕に当たる。


それでも前へ進む。


近い。


足音が聞こえる。


俺はさらに速度を上げた。


少しずつ距離が縮まっていく。


その人物は、古い倉庫の裏へ曲がった。


俺もすぐに後を追う。


しかし――。


そこには誰もいなかった。


あるのは、風だけ。


そして――。


壁に立てかけられた一台の自転車。


俺は息を切らしながら、その場所を見回した。


ありえない。


誰かが姿を消すには、あまりにも時間が短すぎる。


俺は地面を見る。


足跡はない。


落とし物もない。


何もない。


しばらくして、舞夜、結衣、そして坂本先生が追いついてきた。


俺は、まだ目の前で起きたことを理解できずにいた。


「……見たの?」


舞夜が息を切らしながら尋ねる。


俺はうなずいた。


「ああ」


「誰だった?」


俺はゆっくりと首を横に振る。


「顔は見えなかった」


「でも――」


俺は三人を見る。


そして、少しだけ間を置いた。


「一つだけ分かったことがある」


三人が俺を見る。


「俺たちは、誰かを追いかけているんじゃない」


俺は、ゆっくりと言葉を続けた。


「誰かが――」


「俺たちを導いている」


「そして同時に、俺たちが真実へ近づきすぎないようにしている」


その言葉の後に訪れた沈黙は――。


どんな答えよりも、不気味だった。


青龍学園へ来てから初めて――。


俺は、はっきりと感じた。


これはもう、過去を探すだけの調査ではない。


今この瞬間も――。


誰かが、この事件の駒を動かしている。


そして俺たちは――。


その盤上に置かれた駒の一つなのかもしれなかった。

第百三十八話を読んでくださって、ありがとうございました。


追いかけていたはずの謎。


けれど、気づけば私たち自身が誰かに導かれていました。


一体、誰がこの物語を動かしているのでしょうか。


次回もぜひお楽しみください。

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