隠された鍵
数分間――。
誰も口を開かなかった。
全員が、机の上に置かれた黒いノートを見つめていた。
途中から消えているページ。
それは、俺たちがここへ来るよりずっと前に、誰かがこの物語に手を加えていたことを示していた。
坂本先生は、ゆっくりとノートを閉じた。
「だから……私は待つことにしたの」
舞夜が顔を上げる。
「待つ……?」
「ええ」
「もし本当のことが明らかになるのなら――」
「それを見つけるのは、あなたたち自身であるべきだと思ったの」
先生は両手を机の上に置いた。
「三年前、私は自分にできることをすべてやったわ」
「だから今度は、あなたたちの番」
俺はゆっくりと息を吸った。
その言葉によって――。
この事件を調べる責任が、俺たちの肩にのしかかってきたように感じた。
それなのに、不思議と怖くはなかった。
むしろ――。
知りたかった。
もっと知りたい。
そんな好奇心のほうが強かった。
「……この部屋を調べてもいいですか?」
俺が尋ねる。
坂本先生は迷うことなくうなずいた。
「もちろん」
「ここにあるものは、文学部が活動を停止してから、ほとんど何も変えていないわ」
「誰にも、勝手に捨てさせなかったから」
結衣が目を輝かせる。
「じゃあ、宝探しですね!」
舞夜が呆れたように笑った。
「この埃だらけの部屋を『宝』って呼べるのは、結衣くらいよ」
「だって、古い本ってなんだか魅力があるじゃん」
「それと同時に、アレルギーもあるけどね」
「それもある!」
二人のやり取りに、部屋の緊張が少しだけ和らいだ。
舞夜が冗談を言っている。
それだけのことが、なぜか嬉しかった。
俺たちは、それぞれ別の場所を調べ始めた。
結衣は本棚を確認する。
坂本先生は古い書類棚を調べていた。
舞夜は、かつて蓮や葵、匠と一緒に使っていた机を一つずつ慎重に見ている。
俺は窓の近くへ向かった。
そこからは、学園の中央にある中庭が見える。
文学交流会に参加している生徒たちは、今も楽しそうに話していた。
その光景を見ていると――。
すぐ近くにあるこの部屋が、これほど多くの記憶を抱えていることが信じられなかった。
俺は窓から離れ、文学部の本棚へ目を向けた。
そこには、作者ごとに整理された何十冊もの小説が並んでいる。
評論。
詩集。
古い文学雑誌。
どれも、きれいに整理されていた。
……きれいすぎる。
俺は眉をひそめた。
そして、一つの棚に目が止まった。
他の本とは違い――。
一冊だけ、ほんの数センチほど前へ飛び出している。
俺は慎重にその本を手に取った。
古いミステリー小説だった。
本を引き抜いた、その瞬間――。
カチッ。
乾いた音が響いた。
「……え?」
部屋にいた全員が、一斉にこちらを見る。
すると――。
本棚の一部が、ゆっくりと数センチ後ろへ動いた。
結衣が目を大きく見開く。
「えっ……」
「今、秘密の仕掛けを動かしたの!?」
「いや……」
「俺は何もしてない」
舞夜がすぐに駆け寄ってくる。
本の間に――。
小さな隠しスペースが現れていた。
それほど大きくない。
ちょうど木箱一つが入る程度の大きさだった。
坂本先生は、その隠し場所を見つめたまま、完全に言葉を失っていた。
「そんな……」
「どうしたんですか?」
舞夜が尋ねる。
先生は、信じられないような表情で答えた。
「私は……」
「もう十年以上、この部屋を使ってきたのよ」
「それなのに……」
「こんな場所があるなんて、今まで一度も知らなかった」
俺の心臓が、少しずつ速くなっていく。
慎重に手を伸ばす。
隠し場所の中にあったものは――。
一つだけだった。
小さな鍵。
青銅色の、古い鍵だった。
長い年月によって、表面には細かな傷がついている。
鍵には、古びた革のタグが付いていた。
そこには、黒いインクで一つの言葉が書かれている。
『記録保管庫』
舞夜は、その鍵を両手で受け取った。
数秒間、じっと見つめる。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……この鍵」
「私は見たことがない」
坂本先生も、静かに首を横に振った。
「私もよ」
結衣がごくりと唾を飲み込む。
「じゃあ……」
「記録保管庫って、何のこと?」
誰も答えられなかった。
しかし――。
その瞬間、俺たちは全員同じことを理解していた。
誰かが、この鍵を文学部の部室に隠した。
それには理由がある。
そして――。
もしこの鍵が、本当にどこかの『記録保管庫』を開くためのものなら。
三年間。
誰にも知られることなく閉ざされたままの場所が、まだこの学園のどこかに存在している。
その場所には――。
三年前の事件について、俺たちがまだ知らない何かが残されているのかもしれなかった。
第百三十二話を読んでくださって、ありがとうございました。
三年前の文学部に隠されていた、謎の鍵。
その鍵が開く場所には、いったい何が残されているのでしょうか。
過去の真実へ続く新たな手がかりが、ついに見つかりました。
次回もぜひお楽しみください。




