新たな始まり
雨は、いつの間にか止んでいた。
雲はゆっくりと開き始め、その隙間から差し込む夕暮れの光が、街を静かに照らしている。
舞夜の家の中には、静寂が広がっていた。
テーブルの上には、あの手紙と写真。
そして――。
三人の人生を大きく変えてしまった、古びた封筒が置かれている。
誰も、何も言わなかった。
すべての話を聞き終えた今――。
言葉だけでは、この気持ちを表すことができなかった。
最初に沈黙を破ったのは、大樹だった。
「三年間……」
「この全部が、ずっと隠されていたんだな」
舞夜はゆっくりとうなずいた。
「ええ」
「そして……」
「もし、この手紙が届かなかったら」
「きっと、このまま永遠に忘れられていたと思う」
結衣は、もう一度写真へ目を向けた。
そこには、四人の少年少女が笑顔で写っている。
まるで――。
未来には、無限の可能性があると信じているかのように。
あの頃の彼らは、自分たちを待っている運命など知らなかった。
「……不公平だよ」
結衣が小さく呟く。
「この人たちは、ただ物語を書きたかっただけなのに……」
舞夜は静かに目を閉じた。
「ええ」
「私も、そう思う」
大樹は古びた封筒を手に取った。
もう一度、じっくりと眺める。
差出人の名前はない。
切手もない。
住所すら書かれていない。
まるで――。
どこからともなく現れたような封筒だった。
「これを送った人は……」
大樹が口を開く。
「いつか舞夜が真実を知るって、分かってたんじゃないか?」
舞夜は静かにうなずいた。
「たぶんね」
「そして、私が途中で諦めないことも……」
三人は、しばらく黙っていた。
やがて――。
大樹が顔を上げる。
その目には、これまでになかった強い決意が宿っていた。
「……調べよう」
舞夜が驚いたように彼を見る。
「本気?」
「ああ」
「蓮に何が起きたのか」
「葵は、その後どうなったのか」
「そして――」
「どうして誰かが文学部を壊したのか」
大樹は、まっすぐ舞夜を見つめた。
「この話を聞かなかったことにはできない」
舞夜は、ほんの少し笑った。
これまで見せていた笑顔とは違う。
そこには――。
希望があった。
「……ありがとう」
結衣は腕を組んだ。
「じゃあ、私も行く」
大樹と舞夜が同時に彼女を見る。
「一人で行かせるわけないでしょ」
「それに……」
結衣は少しだけ呆れたように笑った。
「あなたたち二人が無茶しないように、誰かが見張ってないと」
三人は、小さく笑った。
ここ数日、心から笑うことなどほとんどなかった。
ほんの短い笑い声だった。
それでも――。
胸に重く残っていたものを、少しだけ軽くしてくれた。
翌朝――。
空は、完全に晴れていた。
大樹は鞄を肩に掛け、自宅を出た。
その中には、一冊の新しいノートが入っている。
書くことを決めてから、初めて買ったノートだった。
待ち合わせ場所へ着くと、舞夜はすでに来ていた。
制服姿で、古い写真を大切そうに手にしている。
「準備できた?」
大樹が尋ねる。
舞夜は最後にもう一度、写真を見つめた。
そして、それを鞄の中へしまう。
「ええ」
「準備はできてる」
二人は歩き始めた。
どんな答えが待っているのか。
どれほどの真実が、まだ隠されているのか。
何も分からない。
それでも――。
一つだけ確かなことがあった。
もう、後戻りはできない。
――その頃。
遠く離れた場所にある、とある部屋。
そこは、机の上に置かれた小さな照明だけが照らしていた。
一人の人物が、古い緑色のノートをゆっくりと閉じる。
三年前に消えた、あのノート。
その人物は、傷んだ表紙を指先でそっと撫でた。
そして、ペンを手に取る。
最後のページを開き――。
一行だけを書いた。
『動き始めた。』
その人物は、静かにノートを閉じた。
そして――。
ほんのわずかに笑った。
その顔が誰なのかは、まだ誰にも分からない。
その同じ朝――。
青龍学園の門が、大樹と舞夜の前にそびえていた。
写真の中に写っていたものと、ほとんど変わらない校舎。
しかし――。
二人は知っていた。
この壁の向こうには、長い間埋められていた真実が眠っている。
大樹が、一歩目を踏み出した。
それは、過去を振り返るための一歩ではなかった。
三年前の事件を終わらせるための一歩。
そして――。
まだ誰も知らない、新しい物語を始めるための一歩だった。
第百二十八話を読んでくださって、ありがとうございました。
三年前に止まっていた物語は、もう一度動き始めました。
過去に残された謎を追うために、
舞夜たちは青龍学園へ向かいます。
その先で待っているのは、真実なのか――。
それとも、新たな謎なのか。
次回もぜひお楽しみください。




