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完璧な計画の綻び

夜明け前から、再び雨が降り始めていた。


最初の生徒たちが青龍学園へやって来た頃には、校舎の周囲にはまだ濡れた土の匂いが残っていた。


廊下は、いつもより静かだった。


しかし――。


その静けさは、長く続かなかった。


三階から、突然叫び声が響いた。


「坂本先生!」


「早く来てください!」


数秒もしないうちに、生徒や教師たちが文学部の部室の前へ集まり始めた。


舞夜と葵も、ほとんど同時に駆けつけた。


その少し後から、蓮も姿を現す。


そして最後に、匠がやって来た。


「何があったんですか?」


蓮が尋ねる。


しかし――。


誰も答えなかった。


全員が、部室の中を見つめていた。


部屋の中央にある机。


その上には、一通の白い封筒が置かれていた。


差出人の名前はない。


ただ、黒いインクで一つの文章だけが書かれていた。


『真実は、必ず痕跡を残す。』


坂本先生は慎重に封筒を開いた。


中に入っていたのは、一枚の紙。


そして――。


小さな銀色の鍵だった。


その場にいた全員が、その鍵を見て息をのんだ。


それは、昨日蓮が提出した鍵とまったく同じものだった。


坂本先生は手紙を黙って読み進める。


その表情が、少しずつ変わっていった。


そこへ、ちょうど到着した校長が紙を受け取る。


文章を読み終えると、眉間に深い皺を寄せた。


そして、ゆっくりと顔を上げる。


「黒沢……」


蓮の名前を呼ぶ。


「もう一度、私と一緒に来てもらいたい」


葵が一歩前へ出た。


「その手紙には何が書いてあるんですか?」


校長は数秒間、黙っていた。


まるで、その言葉を口にすること自体をためらっているようだった。


やがて、静かに答える。


「この手紙を書いた人物は――」


「黒沢蓮が、盗難事件の前に自分の鍵の複製を作ったと主張している」


廊下全体が、完全な静寂に包まれた。


舞夜は胸の奥が冷たくなるのを感じた。


あまりにも具体的だった。


そして――。


あまりにも都合がよすぎる。


しかし、蓮は微動だにしなかった。


「それは嘘です」


静かな声だった。


「俺は、鍵の複製なんて作っていません」


匠は驚いたような表情を浮かべる。


「鍵の複製……?」


小さく呟いた。


「だから、扉や戸棚を無理やり開けた跡がなかったのか……」


誰も答えなかった。


しかし、その言葉によって――。


一つの可能性が、少しずつ周囲の人々の頭に入り込んでいった。


坂本先生が一歩前へ出る。


「校長先生、この手紙だけでは何の証拠にもなりません」


「誰が書いたものかも分からないんですよ」


校長はうなずいた。


「分かっている」


「しかし、可能性がある以上、すべて調べなければならない」


そして、もう一度蓮を見る。


「君にも、この状況は理解してほしい」


蓮はゆっくりとうなずいた。


「理解しています」


「ですが――」


「自分がやっていないことを、認めるつもりはありません」


その言葉に、誰も何も返せなかった。


蓮が校長とともに廊下を歩いていく。


坂本先生も、その後を追う。


舞夜と葵は、その場に残されたまま二人の背中を見つめていた。


その時――。


舞夜は、ふと気づいた。


少し離れた場所に、匠が立っていた。


彼は何も言わず、蓮たちを見送っている。


そして――。


ほんの一瞬だけ、舞夜と目が合った。


匠は、いつものように穏やかな笑顔を浮かべた。


何の疑いも感じさせない。


いつもと変わらない笑顔。


それなのに――。


舞夜の背中を、 inexplicable な寒気が走った。


どうしてなのか分からない。


匠を疑う理由など、何一つない。


それでも――。


何かがおかしい。


そんな感覚だけが、胸の奥に残った。


――現在。


舞夜はそこで読むのを止めた。


そして、手紙と一緒に置かれていた写真をじっと見つめる。


そこには、文化祭の日に撮影された四人の姿が写っていた。


四人とも笑っている。


まだ何も知らなかった頃の自分たち。


舞夜は小さく呟いた。


「……私は、匠を疑ったことなんて一度もなかった」


大樹は何も言わなかった。


その言葉の重さが、痛いほど伝わってきた。


過去を振り返れば、答えはずっと目の前にあったのかもしれない。


それでも――。


その時の舞夜には、それを見つけることができなかった。


舞夜は再び手紙を持ち上げた。


ページの最後に書かれていた文字は、それまでよりも力強かった。


「『匿名の手紙は、その目的を果たした』」


「『学園側は、黒沢蓮を事件の最有力容疑者として考え始めた』」


舞夜は一度、息を止める。


そして、次の一文を読む。


「『しかし――』」


「『真犯人は、一つのミスを犯した』」


舞夜はゆっくりと顔を上げた。


「……そのミスが」


「何年も後になって、真実へたどり着くきっかけになったの」


大樹は息をのんだ。


初めてだった。


手紙が、事件を仕組んだ人物にも完全ではない部分があったことを示したのは。


完璧に見えた計画。


しかし――。


そこには、誰にも気づかれなかった小さな綻びがあった。


そして、その綻びこそが――。


すべての真実へつながる最初の手がかりになるのだった。

第百二十六話を読んでくださって、ありがとうございました。


静かに広がっていく疑惑。


そして、誰にも気づかれなかった小さな違和感。


それが何を意味していたのか――。


今はまだ、誰にも分かりません。


次回もぜひお楽しみください。

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