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疑われる者たち

翌朝。


空は灰色の雲に覆われていた。


昨夜まで降り続いていた雨は、すでに止んでいる。


しかし、青龍学園には重苦しい空気が残っていた。


まるで、この校舎そのものが――。


何かが永遠に変わってしまったことを知っているかのようだった。


文学部の部員たちは、一人ずつ会議室へ呼び出された。


部屋の中には、校長と坂本先生、そして二人の教師が立っていた。


その中央に置かれたテーブルの上には――。


ぽっかりと空いた場所があった。


いつもなら、そこに置かれているはずの緑色のノート。


誰も質問する必要はなかった。


全員が、何が起きたのかを理解していた。

坂本先生は深く息を吸った。


いつも穏やかな彼女の声が、今日は明らかに硬かった。


「昨夜、誰かが文学部へ侵入し、部に保管されていた原稿を盗みました」


部屋の中に、ざわめきが広がる。


葵は静かに顔を伏せた。


昨夜見た、あの人影が脳裏に浮かんでいた。


蓮は微動だにしない。


一方、匠は他の部員たちと同じように驚いた表情を浮かべていた。


舞夜は、今聞いた話が信じられないような顔をしていた。


「どうやって中に入ったんですか?」


一人の部員が尋ねる。


教師の一人が答えた。


「扉は無理やりこじ開けられた形跡がない」


「戸棚も同じだ」


「つまり、犯人は――」


一度、言葉を切る。


「鍵を持っていた可能性が高い」


その瞬間、部屋の空気が完全に変わった。


誰も何も言わない。


そして、少しずつ視線が一人の人物へ集まっていく。


蓮だった。


文学部の部長。


そして、正式な鍵を持つ二人のうちの一人。


蓮は集まる視線を感じていた。


それでも、目を逸らさなかった。


「俺じゃない」


静かな声だった。


「俺の鍵は、ずっと手元にある」


そう言って、制服のポケットから小さな銀色の鍵を取り出す。


そして、それをテーブルの上へ置いた。


坂本先生も自分の鍵を取り出し、隣に置いた。


二つの正式な鍵が、そこに並んだ。


しかし――。


緑色のノートは、まだ戻ってこなかった。

一人の教師が眉をひそめた。


「もし、二つの正式な鍵がどちらも使われていないのなら……」


「どうやって戸棚を開けたんですか?」


誰も答えられなかった。


部屋に重い沈黙が落ちる。


二つの鍵は、確かにそこにある。


それなのに、緑色のノートは消えている。


そして――。


その答えを知っているかのように、ただ一人だけ黙っている人物がいた。


匠だった。


彼はいつもと変わらない表情で、教師たちの話を聞いていた。


焦りもない。


驚きもない。


まるで、本当に何も知らないかのように。


その自然な態度が、かえって彼を疑うことを難しくしていた。


誰も気づかなかった。


彼の制服のポケットには、昨夜使われたばかりの小さな鍵が入っていたことを。


そして、その鍵には――。


まだ新しい傷が残っていたことを。

坂本先生は、静かに葵へ視線を向けた。


「水島さん……」


「警備員から聞いたわ。あなたが昨夜の出来事を目撃したそうね」


葵は喉の奥に小さな痛みを感じた。


部屋にいる全員の視線が、再び彼女へ集まる。


葵は深く息を吸った。


「……顔は見えませんでした」


「ただ……人影だけは見ました」


「文学部に入って……」


一度言葉を止める。


昨夜の光景を思い出す。


暗い部室。


緑色のノート。


そして、逃げていった影。


「戸棚を開けて、ノートを持っていきました」


教師の一人が尋ねた。


「男だったのか? 女だったのか?」


葵は目を閉じた。


必死に記憶を探る。


しかし、暗闇と恐怖のせいで、思い出せることはあまりにも少なかった。


「……分かりません」


小さな声だった。


「ごめんなさい……」


葵はうつむいた。


その言葉を聞いて、会議室には再び重い沈黙が広がった。

校長は腕を組んだ。


「では、犯人を特定することはできないということだな」


葵は小さくうなずいた。


「はい……」


教師の一人が続ける。


「しかし、一つだけ分かっていることがある」


全員が顔を上げた。


「今回の犯人は、文学部のことをよく知っていた」


「ノートがどこに保管されているのかを知っていた」


「そして、戸棚を開ける方法も知っていた」


その言葉に、部屋の空気がさらに重くなる。


誰も口には出さなかった。


しかし――。


全員が同じことを考えていた。


犯人は、文学部の関係者なのではないか。


昨日までなら、ただの可能性だった。


けれど今は違う。


その疑いが、少しずつ現実のものとして感じられ始めていた。

――現在。


舞夜は、そこで読むのを止めた。


しばらくの間、写真に写った四人を見つめていた。


「……あの時だった」


舞夜が静かに呟く。


「何が?」と大樹が尋ねる。


「私たちが、お互いを信じられなくなり始めた瞬間」


結衣は視線を落とした。


「……四人とも?」


舞夜はゆっくりとうなずいた。


「誰も認めたくなかったけど……」


「みんな、誰かを疑い始めたの」


「自分の友達さえも」


舞夜は再び手紙を手に取った。


次の部分には、少し違った筆跡で文章が記されていた。


まるで、書き手自身が続きを書くことをためらったかのようだった。


舞夜は静かに読み上げる。


「『あの夜、盗まれたのは一冊の原稿だけではなかった』」


「『あの夜、文学部から奪われたのは――仲間を信じる心だった』」


部屋の中に、重い沈黙が落ちた。


「『そして、誰かがその疑いを……意図的に煽り始めた』」


大樹の背筋に、冷たいものが走った。


もはや問題は、誰が緑色のノートを盗んだのかだけではない。


誰かが、部員たちの疑念を利用している。


そして――。


その人物は、まだ彼らのすぐ近くにいるのかもしれなかった。

第百二十一話を読んでくださって、ありがとうございました。


緑色のノートが消えたことで、四人の間に初めて疑いが生まれました。


昨日まで当たり前だった信頼が、少しずつ崩れていく。


そして、その隙間に入り込むように、誰かが疑惑を広げ始める。


事件の本当の目的は、ノートを盗むことだけではなかったのかもしれません。


次回、物語はさらに深い真相へと進みます。

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