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夜に届いたメッセージ

 ――理解したら、もう戻れなくなります。


 その言葉が、頭から離れなかった。


 家に帰る途中も。


 バスの中でも。


 夕飯を食べている時も。


 自分の部屋に戻った今も。


 ずっと。


 何度も。


 繰り返し、頭の中に響いていた。


「……何なんだよ、それ。」

 静かな部屋に、通知音が響く。


「……ん?」


 俺はゆっくりと起き上がり、机の上に置いてあったスマホを手に取った。


 画面が光っている。


 メッセージアプリの通知。


 しかも、知らない番号だった。


「誰だ……?」


 こんな時間に連絡してくる相手なんて、ほとんどいない。


 松なら、まず電話してくる。


 家族なら、部屋まで来る。


 嫌な予感しかしない。


 俺は恐る恐る通知を開いた。


『起きていますか?』


 短い文章。


 たったそれだけ。


 なのに――。


「……いや、絶対あいつだろ。」


 聞き覚えのある雰囲気だった。


 いや、文章に聞き覚えって何だよ。


 自分でも意味が分からない。


 でも、なぜか確信していた。


 俺はすぐに返信する。


『誰だ?』


 数秒後。


 返信が来た。


『八神舞夜です。』


「……知ってた。」


 思わずベッドに倒れ込む。


 いや、何で知ってるんだよ。


 自分でも分からない。


 でも、これまでの流れを考えれば、他に考えられなかった。


『どうやって俺の番号を手に入れたんだ?』


 送信。


 すぐに「入力中」の表示が現れる。


 ……早いな。


 数秒後、返信が届いた。


『重要ではありません。』


「重要だろ!」


 思わず声が出た。


 夜だから慌てて口を押さえる。


 いや、どう考えても重要だ。


『かなり重要だろ。』


 すぐに送る。


 また「入力中」。


『何も変わりません。』


「変わるんだよ。」


 即座に返信した。


『十分変わる。』


 すると、少し間を置いてメッセージが届く。


『南は細かいですね。』


『普通の反応だ。』


『そうですか。』


『そうだよ。』


 ……駄目だ。


 メッセージなのに、いつもの会話になっている。


 俺はスマホを見つめながら、大きくため息をついた。


『お前、本当に問題児だな。』


 半分冗談で送った言葉。


 だけど、返ってきた返事は意外だった。


『知っています。』


「……認めるのかよ。」


 思わず苦笑する。


 その時。


 新しいメッセージが届いた。


『さっきのことを考えていますか?』


 指が止まった。


 さっきのこと。


 つまり――。


 帰り道。


 あの言葉。


 ――理解したら、もう戻れなくなる。


「……。」


 もちろん、考えていた。


 むしろ、それしか考えていなかった。


 だけど、素直に認めるのは負けた気がする。


『考えてない。』


 送信。


 三秒後。


『嘘です。』


「何で分かるんだよ。」


 俺は思わず声を漏らした。


『考えてない。』


『考えています。』


『考えてない。』


『考えています。』


『考えてない。』


『考えています。』


 数秒、画面を見つめる。


 そして。


『……少しだけ。』


 そう送ると、ほとんど間を置かずに返信が来た。


『知っていました。』


「だから何でだよ……。」


 暗い部屋の中。


 スマホの光だけが、静かに俺の顔を照らしていた。

 暗い部屋の中。


 スマホの光だけが、静かに俺の顔を照らしていた。


「……普通じゃないだろ、これ。」


 思わず呟く。


 学校では毎日顔を合わせているのに、家に帰ってまでメッセージが来るなんて聞いてない。


 いや、そもそも、どうして俺の連絡先を知っているんだ。


 本当に意味が分からない。


『だから、もう寝ろ。』


 半分投げやりになりながら送信する。


 数秒後。


『まだ寝ません。』


「知らねえよ。」


『南は寝るんですか?』


『寝る予定だった。』


『私のせいで?』


『そうだ。』


『すみません。』


「謝るんだな……。」


 意外だった。


 てっきり、いつもの調子で「必要だからです」と返ってくると思っていた。


 だけど、その直後。


『ですが、後悔はしていません。』


「やっぱりお前か。」


 俺は枕に顔を埋めた。


 本当に、この女は何なんだ。


『お前、自分がどれだけ迷惑か分かってるか?』


 少し考えてから、返信が来る。


『はい。』


『なら、少しは反省しろ。』


『しています。』


『全然そう見えない。』


『少しだけしています。』


「便利だな、その言葉。」


 思わず笑ってしまう。


 すると、画面の向こうの舞夜も、今ごろ同じような顔をしているんじゃないか――そんなことを考えてしまった。


 ……いや、絶対に違うな。


『南。』


 突然、舞夜から新しいメッセージが届く。


『何だ。』


 少しの間。


 入力中の表示が現れては消え、また現れる。


 珍しい。


 いつもなら、迷わず返信してくるのに。


 数秒後、ようやくメッセージが届いた。


『もし、私が全部話したら。』


 指が止まる。


『南は、離れていきますか?』


「……は?」


 思わず、その文字を見返した。


 一回。


 二回。


 三回。


 意味は分かる。


 だけど、質問の意図が分からない。


『そんなの、聞かれても分からない。』


 正直な気持ちだった。


 本当に、分からない。


 だって、俺はまだ何も知らない。


 舞夜が何を隠しているのか。


 何を恐れているのか。


 何を守ろうとしているのか。


 何一つ知らない。


 だから、答えられない。


 しばらくして、返信が届く。


『……そうですよね。』


 その短い文章が、


 なぜか妙に寂しそうに見えた。


『でも。』


 続けてメッセージが届く。


『もし離れるなら、今のうちです。』


 その瞬間。


 胸の奥が、妙にざわついた。


『どういう意味だよ。』


 送信。


 すぐには返事が来なかった。


 暗い部屋の中で、俺はただ、スマホの画面を見つめ続けていた。

 暗い部屋の中で、俺はただ、スマホの画面を見つめ続けていた。


『どういう意味だよ。』


 送信。


 既読。


 でも、返事は来ない。


 数秒。


 十秒。


 三十秒。


 いつもなら、すぐに返信してくるはずなのに。


「……寝たのか?」


 いや、そんなわけない。


 さっきまで普通に話していたんだから。


 俺はベッドに座り直し、スマホを握り直した。


 すると。


 ようやく、「入力中」の表示が現れた。


 消える。


 また現れる。


 消える。


「何をそんなに悩んでるんだよ……。」


 独り言が漏れる。


 そして、数秒後。


 ようやくメッセージが届いた。


『そのままの意味です。』


「いや、分からないから聞いてるんだけど。」


 すぐに返信する。


『今の南なら、まだ戻れます。』


 心臓が、少しだけ嫌な音を立てた。


『戻るって、どこにだよ。』


 既読。


 すぐには返事が来ない。


 しばらくして、短い文章が送られてきた。


『今までの日常にです。』


「……。」


 画面を見つめたまま、言葉を失った。


 今までの日常。


 つい数週間前までの、何も変わらない毎日。


 朝起きて。


 学校へ行って。


 松とくだらない話をして。


 授業を受けて。


 家に帰る。


 そんな、当たり前の日々。


 だけど。


 八神舞夜が現れてから、その全部が少しずつ変わってしまった。


『お前、本気で言ってるのか?』


 俺はそう送った。


 数秒後。


『本気です。』


『だったら、最初から俺に関わるなよ。』


 送信した瞬間、少しだけ後悔した。


 言い過ぎたかもしれない。


 でも、もう遅い。


 既読がつく。


 そして。


 長い沈黙。


 一分。


 二分。


 三分。


 返事は来なかった。


「……。」


 俺はスマホを枕の横に置き、天井を見上げる。


 本当に、何をやってるんだろう。


 自分でも分からない。


 離れろと言われれば、腹が立つ。


 関わるなと言っておきながら、返事が来ないと気になる。


 意味が分からない。


 すると、その時。


 再びスマホが震えた。


 慌てて画面を見る。


『ごめんなさい。』


 たった一言。


 それだけだった。


「……は?」


 思わず声が漏れる。


 謝罪。


 しかも、言い訳も何もない。


 本当に、それだけ。


『でも。』


 続けて、新しいメッセージが届く。


『私は、南に関わらないという選択ができません。』


 その文章を見た瞬間。


 昼休みのことを思い出した。


 ――私には、選択肢がないからです。


 帰り道のことも思い出した。


 ――やめたくても、やめられない。


 全部、同じだった。


 舞夜はずっと、同じことを言っている。


『……何なんだよ、それ。』


 そう打ち込んで、送信しようとして。


 俺は指を止めた。


 結局。


 今の俺には、その答えを聞く勇気がなかった。

 結局。


 今の俺には、その答えを聞く勇気がなかった。


 スマホを握ったまま、ベッドに横になる。


 暗い天井を見上げる。


 頭の中は、さっきのメッセージでいっぱいだった。


 ――私は、南に関わらないという選択ができません。


「……意味分かんねえ。」


 本日、何度目か分からない独り言だった。


 本当に意味が分からない。


 なのに。


 どうしてか、その言葉が頭から離れない。


 もし、本当に舞夜に選択肢がないのだとしたら。


 もし、本当に何か理由があるのだとしたら。


「……いや、ないだろ。」


 すぐに自分で否定する。


 そんな都合のいい話、あるわけがない。


 俺は普通の高校生だ。


 特別な力があるわけでもない。


 誰かの運命を背負うような人間でもない。


 なのに、どうして八神舞夜は、そこまで俺に執着するんだ。


「……分からない。」


 本当に、何も分からない。


 スマホの画面を見る。


 最後のメッセージは、そこで止まっていた。


 返信は来ない。


 俺も、何を返せばいいのか分からない。


 しばらくして。


 通知音が、静かな部屋に響いた。


「……まだあるのか。」


 半分呆れながら、画面を開く。


 新しいメッセージは、一行だけだった。


『もし、南が本当に嫌だと言ったら。』


 指が止まる。


 その続きを待つ。


 数秒後。


『私は、それでも止まりません。』


「……は?」


 思わず声が漏れた。


『絶対に、南を好きにさせます。』


 その文字を見た瞬間、頭が痛くなった。


「何なんだよ、お前は……。」


 冗談じゃない。


 普通なら、ここで怖くなる。


 距離を置く。


 関わらないようにする。


 そうするべきなんだ。


 なのに。


 俺はスマホを投げることも、ブロックすることもできなかった。


 代わりに、短く返信する。


『……何でそこまでするんだ。』


 送信。


 既読。


 でも、返事は来ない。


 一分。


 二分。


 三分。


 画面は静かなままだった。


 そして、俺が諦めてスマホを置こうとした、その時。


『もう、始まってしまったからです。』


 それが、今夜最後のメッセージだった。


「……またそれか。」


 俺は小さく呟き、スマホを枕元に置いた。


 部屋は暗い。


 静かだ。


 だけど、頭の中だけは、まったく静かじゃなかった。


 ――もう始まってしまった。


 舞夜は何度もそう言う。


 まるで、最初から全てが決まっていたみたいに。


「……寝よう。」


 そう呟いて目を閉じる。


 けれど、眠気は来ない。


 代わりに浮かんでくるのは、今日の帰り道のこと。


 舞夜の横顔。


 不安そうな声。


 そして、最後の言葉。


 ――理解したら、もう戻れない。


「……うるさい。」


 誰に言ったのか、自分でも分からない。


 ただ、一つだけ確かなことがあった。


 俺はもう、


 八神舞夜を無視できなくなっていた。


 そして、それこそが――。


 舞夜の言う「始まり」なのかもしれなかった。


◇第十一話『夜に届いたメッセージ』・完◇


 ベッドに倒れ込む。


 天井を見上げる。


 見慣れたはずの自分の部屋なのに、今日は妙に落ち着かなかった。


 理由は分かっている。


 全部、あいつのせいだ。


 八神舞夜。


 突然現れて。


 突然、「私を好きになれ」と言い出して。


 理由を聞いても、まともな答えは返ってこない。


 それなのに――。


「意味分かんねえ……。」


 思わずため息が漏れる。


 本当に意味が分からない。


 普通じゃない。


 こんなの、絶対におかしい。


 俺には関係ないはずだった。


 関わる必要なんて、どこにもなかった。


 なのに。


 どうして、俺はまだあいつのことを考えているんだろう。


「……最悪だ。」


 腕で顔を隠す。


 考えたくない。


 なのに、考えてしまう。


 今日の帰り道。


 あの時の舞夜の表情。


 いつもみたいに自信満々じゃなかった。


 どこか不安そうで。


 どこか、迷っているように見えた。


「……いや、騙されるな。」


 俺は小さく首を振った。


 何を考えてるんだ。


 相手は八神舞夜だぞ。


 学校一の美少女で、何を考えているのか全く分からない謎の存在だ。


 同情する必要なんてない。


 心配する必要もない。


 そもそも――。


「俺には関係ないだろ……。」


 そう呟いた瞬間。


 自分でも、それが嘘だと分かった。


 もし本当に関係ないなら。


 こんなに悩むはずがない。


 こんなに気になるはずがない。


 こんなに、頭から離れないはずがない。


「……くそ。」


 枕に顔を埋める。


 認めたくない。


 認めたくないけど。


 俺はもう、とっくに巻き込まれている。


 舞夜の秘密に。


 舞夜の言葉に。


 そして――。


 八神舞夜という存在そのものに。


 その時だった。


 突然、机の上に置いていたスマホが震えた。


 静かな部屋に、通知音が響く。


「……ん?」


 俺はゆっくりと顔を上げた。

第十一話を読んでいただき、ありがとうございました。


少しずつ変わっていく大樹と舞夜の関係。


舞夜の言葉の意味は、まだ誰にも分かりません。


「もう始まってしまった」とは、一体何を意味するのか。


その答えは、まだ先にあります。


それでは、また第十二話でお会いしましょう。

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