隠されていた真実
誰も言葉を発しなかった。
舞夜の最後の言葉が、まるで時間そのものを止めてしまったかのようだった。
「別れの手紙が見つかったの」
結衣が最初に口を開いた。
その声はかすかなささやきだった。
「別れの...手紙?」
舞夜はゆっくりとうなずいた。
視線は下を向いたままだった。
昨夜届いた封筒を、彼女の指は強く握りしめている。
まるで、その封筒と三年前の記憶が一本の糸で結ばれているかのようだった。
窓の外では、雨がほとんど止みかけていた。
けれど、部屋の中の重苦しい空気は少しも変わらなかった。
「葵の机の中で見つかったの」
舞夜は静かに言った。
「三日目の朝だった」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気がさらに重くなった気がした。
「学校中に、その知らせが広まったの」
「ほんの数分のうちにね」
彼女は手紙を見つめたまま続けた。
「いつもは生徒たちの話し声でにぎやかな廊下が、その日は驚くほど静かだった」
誰も本当のことを知らなかった。
だからこそ、さまざまな噂が広がった。
「噂は一時間ごとに変わっていったわ」
舞夜は小さく息を吐いた。
「誰も何が起きたのか分からなかったの」
結衣も俺も何も言えなかった。
その時の混乱が、彼女の言葉から伝わってきた。
「その手紙には何が書かれていたの?」
俺は慎重に尋ねた。
舞夜はしばらく目を閉じていた。
そして、小さく首を横に振った。
「全部は読んでいないの」
「学校側が、生徒に見せることを許さなかったから」
彼女の声は少しずつ弱くなっていった。
「私たちに伝えられたのは、葵が自分の意思で学校を去ることを決めたということだけだった」
部屋の中は静まり返っていた。
「それから...誰も彼女を探さないでほしいと言われたの」
結衣が唇をかんだ。
舞夜はゆっくりとうつむいた。
「私たちは、その決定を尊重するように言われた」
「授業を続けるように言われた」
「何事もなかったかのように、前を向いて生きるように言われたの」
彼女はゆっくりと首を横に振った。
「でも...そんなことが本当にできると思う?」
その問いに、誰も答えることができなかった。
気がつくと、俺は窓のほうを見つめていた。
その日の朝のことを思い出していたからだ。
俺もずっと見ていた。
舞夜の空席を。
その瞬間、ようやく理解した。
なぜ彼女が今日、学校へ来られなかったのかを。
それは単なる欠席ではなかった。
あの空席は、過去の記憶そのものだった。
ずっと消えることのなかった傷だった。
舞夜は俺の表情の変化に気づいたのかもしれない。
小さく視線を向けながら、静かに言った。
「だから今日は...学校へ行けなかったの」
彼女は手紙を胸の前で握りしめた。
「目が覚めて、この手紙を最後まで読んだ瞬間...全部が戻ってきたの」
「思い出も」
「会話も」
「約束も」
その声はかすかに震えていた。
「まるで、この三年間が存在しなかったみたいだった」
部屋の中には、重たい沈黙だけが残っていた。
結衣は静かに立ち上がった。
そして、舞夜の隣に腰を下ろした。
優しく両手で彼女の手を包み込む。
「一人で抱え込む必要なんてなかったんだよ」
舞夜は悲しそうに微笑んだ。
「分かってるわ」
小さな声だった。
「今なら分かる」
彼女は少しだけ視線を落とした。
「でも、あの頃の私は違ったの」
短い沈黙が流れた。
「葵のことを話せば、みんなを悲しませるだけだと思っていた」
手紙を握る指先に力が入る。
「だから、彼女の名前を口にしなくなった」
「物語の中にも書かなくなった」
「青龍学園のことも考えないようにしたの」
彼女はゆっくりと息を吐いた。
「少なくとも、そうしようと努力していたわ」
一筋の涙が頬を伝った。
けれど、舞夜はそれを拭おうとはしなかった。
「私は、あの過去を埋めたつもりだった」
そして、胸に抱えた封筒に視線を落とした。
「この手紙が届くまでは」
舞夜は深く息を吸った。
そして、テーブルの上に置かれていた紙を一枚手に取った。
その紙は少しだけしわになっていた。
何時間も強く握りしめられていたことが分かる。
「あなたたちに聞いてほしい部分があるの」
彼女は静かに言った。
結衣と俺は顔を見合わせた。
舞夜は手紙に視線を落としたまま続けた。
「これを知らなければ、私がなぜこんなに動揺しているのか理解できないと思う」
部屋の空気が張りつめる。
そして、舞夜はゆっくりと読み始めた。
その声は小さく震えていた。
「『舞夜へ。もし今でも葵が自分の意思で去ったと思っているなら、それは誰も本当のことをあなたに伝えなかったからです』」
心臓が大きく脈打った。
舞夜は唾を飲み込み、再び視線を文字へ向けた。
「『あの日に見つかった別れの手紙だけが、すべてではありません』」
部屋の中に重苦しい沈黙が落ちた。
背筋を冷たいものが走る。
舞夜はゆっくりと顔を上げた。
そして、まっすぐに俺たちを見つめた。
「その瞬間に気づいたの」
彼女の瞳はわずかに揺れていた。
「この手紙を書いた人は、過去を知っているだけじゃなかった」
短い沈黙が流れる。
「青龍学園が三年間隠し続けてきた秘密も知っていたの」
誰も言葉を発することができなかった。
本当の真実は、まだ誰も知らなかったのだから。
第百七話を読んでくださって、ありがとうございました。
三年前に起きた出来事は、まだ終わっていませんでした。
そして、一通の手紙が隠されていた真実を明らかにしようとしています。
次回もぜひお楽しみください。




