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三日後の手紙

「水島葵...?」


結衣が慎重にその名前を繰り返した。


舞夜は静かにうなずいた。


彼女の視線は手紙に向けられたままだった。


まるで、そこにすべての思い出が刻まれているかのようだった。


「同じクラスの子だったの」


少しだけ間を置く。


「私の親友だった」


しかし、すぐに小さく首を横に振った。


そして、どこか懐かしそうに微笑んだ。


「いいえ...」


その笑顔には深い寂しさが混ざっていた。


「私にとっては、本当の妹のような存在だった」


部屋の中は静まり返っていた。


その一言だけで、結衣も俺も理解した。


水島葵という存在が、舞夜にとってどれほど大切だったのかを。

「葵は、私とは正反対の性格だったわ」


舞夜は静かに語り始めた。


「私は休み時間になると、いつも窓際で本を読んでいた」


「でも、葵は違ったの」


懐かしそうな笑みが浮かぶ。


「いつも誰かに囲まれていたわ」


「おしゃべりが大好きだった」


「笑うことも大好きだった」


「それに、学校中の生徒の名前を覚えていたの」


結衣が思わず笑った。


「すごいね」


舞夜もうなずいた。


「本当にすごかったのよ」


彼女は少しだけ視線を遠くへ向けた。


「あの子は、不思議な力を持っていた」


「どんなに真面目な人でも、気づけば笑顔になっていたから」


小さな笑い声が部屋に響いた。


「初めて会った日も、そうだった」


舞夜は優しく目を細めた。


「突然、私の隣に座ってきたの」


そして、当時のことを思い出すように、小さくつぶやいた。


『こんにちは。私は葵』


「それだけだった」


「自己紹介を終えた途端に話し始めたのよ」


その光景が目に浮かぶようだった。

「私は、ほとんど一言でしか返事をしなかったわ」


舞夜は小さく笑った。


「どうせすぐに飽きると思っていたから」


「でも、葵は次の日も来た」


「その次の日も」


「また、その次の日も」


結衣が楽しそうに微笑んだ。


「かなり積極的だったんだね」


「ええ」


舞夜は笑いながらうなずいた。


「とてもね」


彼女は少しだけ目を伏せた。


「でも、その優しさは押しつけがましくなかった」


「無理に心を開かせようともしなかった」


「ただ、待っていてくれたの」


雨音はほとんど聞こえなくなっていた。


「私が自分から話したくなるまで」


舞夜の表情は穏やかだった。


「あの日、気づいたら私たちは毎日一緒に昼食を食べるようになっていた」


その笑顔を見ていると、葵との時間が舞夜にとってどれほど大切だったのかがよく分かった。

舞夜は手紙の一枚にそっと指を滑らせた。


「葵は、私の物語を最初に読んでくれた人だった」


その声はとても優しかった。


「私がどんな作品を書いても、必ず良いところを見つけてくれたの」


結衣は静かに耳を傾けていた。


舞夜は少し笑った。


「私が原稿を何度も書き直していると、よくこんなことを言っていたわ」


小さく息を吸う。


そして、懐かしそうに言葉を続けた。


「『そんなに何枚も破っていたら、そのうち新しいノートを買ってあげなきゃいけなくなるね』って」


思わず笑みがこぼれた。


その光景は簡単に想像できた。


葵は、きっと明るくて優しい人だったのだろう。


「それに、とても観察力のある子だった」


舞夜は静かに続けた。


「誰かが悲しんでいると、すぐに気づいていた」


彼女の表情は穏やかだった。


けれど、その笑顔がいつまで続くのか、俺には分からなかった。

「それだけじゃなかったわ」


舞夜は小さく微笑んだ。


「私が朝食を食べずに学校へ来ると、すぐに気づいていたの」


「本当に?」


結衣が驚いたように目を丸くした。


「ええ」


舞夜は懐かしそうにうなずいた。


「甘いパンを持ってきてくれたり、飲み物を買ってきてくれたりしたわ」


そして、小さく笑った。


「『今日は朝ごはんを食べてないでしょ?』って、よく言われていたの」


「どうして分かったんだろうって、いつも不思議だった」


一瞬だけ、舞夜の瞳に温かな光が戻った。


それは俺たちが知っている、いつもの舞夜だった。


物語を書くことを心から楽しんでいる舞夜。


何気ない日常の中に、小さな幸せを見つけることができる舞夜。


けれど、その表情はすぐに消えてしまった。


再び、部屋の中に静かな空気が流れ始めた。

舞夜は深く息を吸った。


部屋の中は再び静まり返っていた。


壁に掛けられた時計の針だけが、静かに時を刻んでいる。


「一年近くの間、私は信じていたの」


舞夜は手紙を胸の前で静かに握りしめた。


「この関係は、ずっと変わらないって」


「これからも一緒に物語を書いていくんだって」


「お互いの作品を読んで、励まし合いながら過ごしていくんだって」


その声は少しずつ弱くなっていった。


「ずっと隣にいてくれる人を見つけたと思っていたの」


彼女の指先がわずかに震えた。


ゆっくりとうつむく。


そして、再び顔を上げた時、その声はかすかなささやきになっていた。


「でも、ある朝...」


結衣が無意識に息をのんだ。


舞夜は静かに続けた。


「葵が学校に来なかったの」


短い沈黙が流れた。


「最初は、誰も理由を知らなかった」


部屋の空気が急に重くなったように感じた。


俺の背中を冷たいものが走る。


嫌な予感がした。


舞夜はゆっくりと手紙を閉じた。


そして、それを胸に抱きしめた。


「三日後...」


彼女は小さく唇を震わせた。


「お別れの手紙が見つかったの」


その言葉が静かな部屋に落ちた瞬間、誰も何も言えなくなった。

第百六話を読んでくださって、ありがとうございました。


舞夜にとって、葵はかけがえのない存在でした。


しかし、その大切な日々は突然終わりを迎えます。


次回もぜひお楽しみください。

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