五、 純粋な茜色
放課後の職員室。薫は明日の授業のためのノートを閉じた。周囲では、今日も過剰な視覚情報の波に晒され続けた新人類の同僚教師たちが、調光コンタクトレンズを外し、充血した目を押さえながら机に突っ伏していた。薫はそんな同僚たちを横目に、そっと窓の外へ視線を向けた。
新人類の脳疲労を防ぐために都市の「ロー・ファイ化」が進められた結果、現在の街はノイズのない、純粋な色彩だけで構成された景色に見えていた。窓の外に広がる夕焼け空。それは、かつて幼い頃に逃げ込んだ、祖父母の古い庭から見上げたのと同じ空だった。自動運転車のレーザーもインフラの熱公害も混ざっていない、純粋で、どこまでも優しい茜色。
「先生、さようなら!」
校門を出ていく生徒たちが窓を見上げて手を振った。その中には、少しだけ足取りが軽くなった日々希の姿もあった。生徒たちの間で、「浅倉先生って、僕たちのことちゃんと見てくれてる気がする」という噂が静かに広がり始めている。
色が見えないからこそ、私は彼らの言葉の「ほつれ」に気づくことができる。熱が見えないからこそ、私は彼らの心の本当の形を、言葉の糸で丁寧に修復することができる。
「見えないからこそ、私たちは深く愛せるのよ」
薫は小さく微笑み、夕暮れの静寂の中に佇んでいた。




