三、 鉄のベールを纏う
それから数年を経て、薫は二十五歳になり、新人類の生徒たちが通う高等部の教壇に立っていた。
現在の薫は、自立した大人の凛とした「美学」を身にまとっている。彼女は職場で、旧人類の最高峰の防衛マナーである『IRカット断熱ファンデーション』を完璧に使いこなしていた。この化粧品は皮膚の熱データを遮断し、一定の温度に偽装する。生徒や同僚から見れば、浅倉先生は「熱データが完全にミュートされた、何を考えているか分からない鉄のポーカーフェイス」だった。お世辞も嘘も一切ハッキングできない。それが新人類の社会において、逆に彼女に底知れない知性というカリスマ性を与えていた。
現代の学校では、授業もUVやIRのデータを前提に超効率化されていた。しかし、薫はあえて文字だけの黒板と「言葉」の授業にこだわり続けた。カツカツと響くチョークの音が、静かな教室に吸い込まれていく。
「いいですか、皆さん。色を見るだけで、相手のすべてを分かった気になってはいけません。熱の変化の裏にある、言葉にならない本当の理由を、私たちは『言葉』で手探りしなければならないの。それが、人間が何千年もやってきたことです」
生徒たちは退屈そうな視線を薫に向けていた。最前列の男子生徒の鼻の頭が微かに青く明滅している。旧人類の教師に対する軽い見下しの熱(IR)だ。しかし薫は、そんな光のノイズを完全に無視して授業を進めた。彼女の目には映らないからこそ、彼女の心は一ミリも揺らがなかった。




