四、 百パーセントの暗闇
しかし、世界に無限の熱を与えたはずの彼自身は、誰よりも冷たい孤独の中にいた。
街を埋め尽くする人工照明の輝きや、飛び交う光のノイズを嫌い、彼が引きこもる地下の研究室は、外部からのUVやIRを極限まで遮断した完全吸光・遮熱シールドルームだった。一〇〇%の純粋なRGB空間。奇しくもそれは、かつて薫が語り、彼女が愛した「ロー・ファイな静寂」と全く同じ環境だった。
一歩そのシールドルームを出ると、彼は二十五歳の「社会的な迷子」に過ぎなかった。調光コンタクトレンズの遮光フィルターを通しても、現代の都市が放つ過彩の奔流は、彼の脳を激しく疲弊させた。彼がエネルギーを無限に最適化したおかげで、皮肉にも街はさらに高密度化し、コンビニの店員の愛想笑いの裏にある冷めきった体温、すれ違う人々のドロドロとした欲望の熱が「色彩の濁り」として容赦なく目に飛び込んでくる。スマートフォンの連絡先には、研究室の教授と、両親の番号しかない。
「怜人、たまには外で誰かと食事でもしたら?」
たまに連絡してくる母親の音声通話にすら、彼は「義務感の熱」を敏感に感じ取ってしまい、ただ鬱陶しそうに通信を切る。誰も信じられない。誰も理解できない。自分の完璧すぎる視覚は、科学の神にはなれても、ただの「一人の人間」として誰かと笑い合うためのシステムを、最初から破壊してしまっていたのだ。地下の研究室で、彼は今日も、ノイズのない真暗な闇を見つめる。
そして、かつて大学の図書館で、あの「何も見えない旧人類の少女」が放っていた、不気味なほどに静かで、温かかった熱の残像を、なぜか今でも思い出してしまう。すべてが見えるこの目で、もう一度だけ、あの静寂の光を測ってみたい。彼が生み出した無限のエネルギーのどこを探しても見つからない、その割り切れないノイズを抱えながら、彼は一人、一〇〇%クリーンな暗闇の奥へと沈んでいった。




