巡礼者、煩悩を買う
聖地巡礼の旅に出て数日。これまでの平穏は、ひとえに同行者や行き交う旅人の慈悲によるものだった。魔物の牙に触れることも、不吉な呪いに肌を焼かれることもなかったのは、単なる「運」に過ぎない。
だが、この先の荒野に、そんな不確かな幸運が通用する保証などどこにもなかった。
「……備えあれば、憂いなし。神の加護も、数があれば鎧になるはずだ」
次の聖地が見えるや否や、私は信心深い巡礼者の仮面を脱ぎ捨てた。祈りを捧げる列を横目に、吸い寄せられるように「授与所」――という名の、神聖な魔導具ショップへ突撃する。
「おお……これは、壮観だな」
目の前に広がるのは、故郷の村では拝むことすら叶わなかった加護のバーゲンセールだ。
魔物の探知を阻害する『隠密の錦』。剣筋に鋭い風を纏わせる『烈風の守り』。さらには、旅路の資金繰りを助けるという『黄金の招き猫(極小サイズ)』から、無事に玄関を跨ぐための『帰還の誓約』まで。
私は財布の紐を限界まで緩め、片端から「神の奇跡」をカゴに放り込んでいった。金貨の重みが減る代わりに、両腕には物理的な「安心」が積み上がっていく。
その時、棚の隅でひときわ怪しい桃色の光を放つお守りが目に留まった。
「『万魔殿の寵児』……だと?」
いわゆる、女にモテるお守り。
私は一度伸ばしかけた手を止め、深呼吸をして自分を律した。
「いけない。私は今、己を鍛え上げる修行の身だ。こんな……こんな修行の本質から外れた、煩悩の塊のような、それでいて非常に興味深い効果の代物に、現金を割いている余裕など……」
葛藤する私の指先は、抗いがたい引力に引かれるように、その桃色の布地へと伸びていた。気がつけば、カゴの中は色とりどりの加護で溢れ返っている。
私は鼻息も荒く、それらを一気に受付のカウンターへと叩きつけた。
「これ、全部……いや、これ『も』含めて全部ください!」
「……まあ! ありがとうございます」
受付の女性――聖地の法衣を纏った巫女が、目を丸くして私を見た。彼女の視線は、カゴから溢れんばかりの戦闘用お守りと、その頂点に鎮座する桃色の『レディース・キラー』を行き来している。
「巡礼の方ですよね? 己を律し、過酷な旅の中で煩悩を削ぎ落としていく貴方様のようなお姿……本当に、心から尊敬いたします。あ、巡礼者の方には特別に、二割引きのサービスを適用させていただきますね」
「おっ?」
私は心の中でガッツポーズを作った。まだ代金すら払っていないというのに、この食い気味な尊敬の眼差し。そしてまさかのキャッシュバック。
(……おいおい、まだ装備もしてないのにこの威力か? さすがは聖地の特製。効果は抜群じゃないか……!)
巫女が向けているのが「聖地にお金を落としてくれる太客」への営業スマイルであることに、今の私の脳はこれっぽっちも気づいていなかった。




