巡礼者、束の間の帰還
どんなに過酷な道行きでも、魔力を含んだ熱い霊泉に身を沈めれば、すべてを許すことができた。
ふやけていく指先を見つめていると、自分を縛っていた「絶望」という名の足枷が、洗い流した泥と一緒に排水溝へ吸い込まれていく。身体を清め、柔らかな寝衣に着替える。その瞬間だけは、私は運命に抗う巡礼者ではなく、ただの一人の人間に戻っていた。
その余韻のまま、宿の食堂へ向かう。
テーブルには、この地を訪れたなら絶対に食そうと決めていた、分厚い「火竜魚の炙り」が鎮座していた。
藁の強い火で一気に表面を焼き上げられたそれは、外側は香ばしく、内側は宝石のような赤身を保っている。一口運べば、立ち上る香ばしい煙の匂いと、舌の上で弾ける暴力的なまでの旨みが、日中の苦難を瞬時に吹き飛ばしていく。
(……時々、怖くなる)
こんなに満たされていいのだろうか。
あの垂直に切り立った岩壁も、魔力を絞り出すようにして唱えた共鳴詠唱の苦しみも、一体どこへ消えたのか。咀嚼するたびに、温かな生命力が腹の底からじわりと染み出し、空っぽに近かった私の内側を満たしていく。
仮にも、己を律する修行の身。
(大聖女マーレ様、こんなに幸せでごめんなさい)
心の中で、まだ見ぬ高みへの謝罪をそっと唱える。
けれど、その罪悪感さえも心地よいリズムとなって、私は清潔なシーツの感触に包まれながら、深く、底のない眠りへと落ちていった。
私の傍らには、一つ目の聖印を刻み、静かに黄金の熱を帯びた「聖印帳」が、守り刀のように置かれていた。




