祝福のメトロノーム
――ゴ、ゥ、と、耳の奥で不快な重低音が鳴り響く。
細胞のひとつひとつから熱を強引に引き抜かれ、全身の血液が冷たい砂に変わっていくような錯覚。視界が急速に狭まり、大理石の床がぐにゃりと歪む。限界などとうに超えていた。だが、ここで意識を手放せば、あの赤黒い血溜まりのなかに彼女を置き去りにすることになる。それだけは、絶対に許さない。
「――転送、完了しました」
聖職者の無機質な声が、遠く霧の向こうから聞こえた。
同時に、魔法陣の冷徹な吸引が止まる。
私は糸の切れた人形のように、その場に膝から崩れ落ちた。肺が狂ったように都会の冷たい空気を貪る。魔導通信機の画面を見れば、送信完了を示す淡い魔導文字。
(……届いた)
その事実だけが、今の私を支えるすべてだった。体中の骨が軋み、指一本動かす気力も残っていない。だが、胸の奥を焦がしていたあの不穏なメトロノームは、嘘のように静まり返っていた。
あとは、母親を信じて待つしかない。私は泥のような疲労に身を任せ、新居の真新しい板張りの上で、深い眠りへと落ちていった。
それから数日間、私の世界は魔導通信機の通知音だけを中心に回っていた。
生きた心地のしない、文字通り生殺しの時間。しかし、その地獄に終止符を打つメッセージが届いたのは、送魔から四日目の朝だった。
『手術は無事に成功しました。先生も驚くほどの回復力です。数日もすれば、退院できると思います』
画面を見つめたまま、私は声もなく涙をこぼした。
視界を覆っていた澱のような絶望が、朝の光に溶けていく。壊れていた胸のメトロノームが、今度は祝福を刻むように、穏やかで確かなテンポを刻み始める。
(よかった………本当によかった……)
いつまでも泣いている暇はなかった。彼女がこの国へ来たとき、すぐにでも新しい生活を始められるようにしなければならない。前の国で、彼女は毎晩のようにお客に煽られ、身体を壊すまでお酒を飲まされていたのだ。もう、あんな過酷な場所に彼女を立たせるわけにはいかない。
私は涙を拭い、真新しい上着を羽織って新居を飛び出した。
目指すは、街の中央にある冒険者ギルド。彼女の身体に負担がかからず、それでいて彼女の優しさが活かせるような、最高の仕事を私が先に見つけてみせる。




