祝福の代償
半年間の魔法学校生活も、残り一ヶ月を切っていた。
カフェの窓から射し込む午後の光が、彼女の頬を柔らかく照らしている。
今日は私の誕生日だった。
彼女はどこか落ち着かない様子で、時折魔導通信機を覗き、妙に明るい笑顔を向けてくる。その画面に映った文字を、彼女は一瞬だけ指で隠した。
何か企んでいる。
けれど私は気づかないふりをした。気づけば、終わってしまいそうな気がしたからだ。
ふと、彼女が鞄から細長いケースを取り出した。
それは、私が彼女にあげたメガネケースだった。
彼女は眼鏡をかけない。
不思議に思って見ていると、ケースの中から出てきたのは、肌を整える白粉や、鮮やかな朱色の紅、そして眉墨。。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた化粧品たち。
「使い方が違うよ」
そう言うと、彼女は肩をすくめて笑った。
「だって、これが一番使いやすいんだもん」
贈ったはずの品物は、もう本来の役割を失っていた。
それでも当然の顔で、彼女の日常の中心に居座っている。
——まるで、私みたいだ。
本来いるはずの場所を越えて、強引に溶け込もうとしている。
それが、どうしようもなく愛おしかった。
「この国ではね、誕生日の人がもてなすんだよ」
そう言われ、気づけば私は肉挟みパンを買わされていた。
祝われる側なのに、支払うのは自分。
理屈は分からないが、彼女が楽しそうならそれでいいと思った。
『Viculus』に戻り、二人で向かい合って座る。
そのとき、店内の空気がふっと変わった。
奥の方から音楽が流れ出す。
振り向くと、店員がケーキを掲げて踊りながらこちらへ向かってくる。
ケーキの上では火花が、バチバチと音を立てていた。
眩しい。
逃げ場がない。
祝われるしかない。
店員は満面の笑みで歌い、周囲の客も次々と立ち上がる。
手拍子。歓声。笑い声。
私は苦笑いを浮かべながらも、その熱量の渦に巻き込まれていった。
祝われる、という感覚が、こんなにも騒がしく、強制的で、そして温かいものだとは知らなかった。
無料のケーキと泡酒。
見知らぬ人たちの笑顔。
彼女の隣で、私はただ圧倒されていた。
誕生日は、ただの数字だと思っていた。
カレンダーのページが一枚進むだけの日。
それが今は、世界中から光を浴びているような一日になっていた。
騒ぎが落ち着き、余韻だけが残る。
私は財布から、小さな包みを取り出した。
聖地巡礼の途中で買った、四つ葉のクローバーの守り。
「金運上昇、魔力上昇っていう意味があるんだ」
彼女は少し首を傾げ、それから柔らかく笑った。
「可愛いね」
その笑顔を見て、私はそのお守りを彼女に託した。
私が無事に、またこの地に帰ってこられるように。
この四つ葉のクローバーが、私たちを繋ぐ道標になると、本気で信じていた。




