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銀貨より重い言葉

夜の密会を終えた私たちは、そのまま彼女の職場である『Viculus』へと向かった。

先ほどまでの甘い時間は、いわゆる「店外供奉」……彼女の仕事の一環であり、後でその手当を含めた銀貨を請求されるものだと疑わなかった。それがこの街の、夜を売る者たちが敷く無情な鉄則であり、困窮する彼女を救うための私なりの「支援」でもあったのだ。


だが、会計の際、私は自分の目を疑った。

差し出された伝票のどこを検めても、店外での拘束を示す刻印が、どこにも見当たらない。


「……いいの? 俺との時間は、仕事に含めなくて」


思わず漏れた問いに、彼女は困ったように、けれど愛らしく首を振った。


「今日は仕事じゃない。あなたと、ただ、一緒にいたかっただけ」


その言葉は、私の胸の奥で雷鳴となって昂ぶった。

夜の世界で生きる彼女が、貴重な出勤前の時間を、一銭の利益にもならない「ただの逢瀬」に捧げてくれたのだ。


(ああ、彼女は本物だ)


脳内で最後のリミッターが弾け飛んだ。彼女は私を「ただの客」ではなく、「一人の男」として選んでくれた。

寮へ帰る魔導馬車の揺れの中で、私は自らの幸運に震えていた。

自国で1200kmの荒野を歩いたあのご褒美が、これだったのか。

私は、世界で一番幸せな人間だと、本気で信じ込んでいたのだ。


領収書に「店外の刻印」がなかったあの夜を境に、私の魔法学校での生活は一変した。

使える資金には限りがある。だから、高価な貢ぎ物で気を引くような卑屈な真似はしたくなかったし、その必要もないと確信していた。

彼女と魂の奥底で響き合うために、今の私にできることはただ一つ。

魔法を、死ぬ気で習得することだ。

これまでは「義務」として淡々と捲っていた参考書が、今は彼女の未来を切り拓くための「武器」に見える。

自習室の冷たい空気の中で、難しい数式に出会うたび、私は彼女のあの困ったような笑い顔を思い出す。


(この術式を極めれば、彼女をこの夜の世界から連れ出せるかもしれない)


(魔法戦士として名を上げれば、彼女に泥を啜らせない暮らしを約束できるかもしれない)


私の指先から放たれる魔力は、かつてないほど鋭く、熱を帯びていた。


試験官たちは私の急激な上達を「修行の成果ですね」と褒めてくれたが、私は心の内で自嘲気味に笑っていた。

私の背中を押しているのは、もはや大聖女マーレ様の高潔な教えなどではない。

週末、あの『Viculus』の重い扉の向こうで待っている、彼女の笑顔だけだった。

次回から雲行きが怪しくなります

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