表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/33

聖なる教えと、桃色の通信

私が身を寄せている魔法学校では、金曜日と土曜日の夜だけは、深夜の鐘が鳴るまでの外出が「特別修行」の名目で許可されていた。

すなわち、私が合法的にあの桃色の光――

『Viculus』へと通い、さらなる「業」を深められるのは、週に二夜のみということになる。

常人ならば、彼女の面影を追うあまり、平日の研鑽も手につかなくなるのだろう。だが、そこが私の違うところだ。

勉学は厳かに執り行い、快楽には貪欲に溺れる。この鋼のごときメリハリこそが、週末の悦楽を鮮烈に引き立ててくれるのだ。

1200kmの荒野を歩き抜いた私の精神力は、この異国の地で、あろうことか「夜の期待」を維持するためだけに遺憾なく発揮されていた。

石造りの静謐な写本室で、難解な古代文字と格闘していると、懐に忍ばせた魔導通信機が不自然に熱を帯びた。

浮かび上がったのは、彼女の拙い、だが愛おしい思念。

『先週はありがとう。あなたと外の世界で会えるのを、楽しみにしているわ。……アリガトウ』

……。

机に広げた古めかしい魔導書の記述を横目に、私は次の金曜日の、完璧な密会の計画を構築し始める。

「密会」という、甘美な猛毒を孕んだ単語が、祈りの言葉をかき消して脳内で何度も繰り返される。

もはや、崇高な魔導の呪文さえ、彼女への返信文をより美しく、より情熱的に飾り立てるための「ただの文字の羅列」にしか見えなくなっていた。


その日の夜、魔法学校の屋上に涼みに行くと、月明かりを浴びている見慣れた友人がいた、私は隣に座る友人に問いかけた。


「……そういえば君の本当にやりたい仕事って何?」


ふとした沈黙の隙間にこぼれた問いに、彼は少し照れたように鼻を掻いた。視線の先には、窓の外で細々と、だが絶えることなく灯る魔導灯がある。


「魔導具師、になりたいんです。でも、ただの高級品じゃない。僕みたいに魔力が乏しい者や、明日の薪にも事欠く貧しい子供たちでも、指先ひとつで等しく火を灯せるような……そんな、誰にでも優しい道具を作りたい」


彼は、自身の細く、魔力の脈動も薄い指を見つめた。


「あなたのその強大な魔力は、大聖女からの贈り物だ。でも、世界には選ばれなかった人の方がずっと多い。僕は、その人たちの隣にいたいんです」


(……くそっ!夜なのに私には眩しすぎる!直視できない!)


青白い月光に照らされた彼の横顔は、私がこれまで拝跪してきたどんな高名な大魔導師よりも、気高く、そして――今にも壊れてしまいそうなほどに、脆く見えた。

そのあまりに純粋な瞳。そこには、かつて私が、あの1200kmの荒野を歩き始める前に持っていたはずの「何か」が宿っていた。

だが、その直後、私の懐で魔導通信機が不浄な熱を帯びて震えた。

聖職者のような彼の言葉が、一瞬で「言葉の瓦礫」へと成り下がる。


(ああ、すまない友よ。君の言う『隣』には、きっと彼女のような女性も含まれているのだろうな)


私は彼にバレぬよう、隠れて通信機の画面をなぞる。

暗い優越感と、ほんの少しの自己嫌悪。

私は、友人の横顔から目を逸らし、錆びた手すりの向こうに広がる夜景を眺めながら夜の闇に沈む『Viculus』の灯りを思い浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ