聖なる教えと、桃色の通信
私が身を寄せている魔法学校では、金曜日と土曜日の夜だけは、深夜の鐘が鳴るまでの外出が「特別修行」の名目で許可されていた。
すなわち、私が合法的にあの桃色の光――
『Viculus』へと通い、さらなる「業」を深められるのは、週に二夜のみということになる。
常人ならば、彼女の面影を追うあまり、平日の研鑽も手につかなくなるのだろう。だが、そこが私の違うところだ。
勉学は厳かに執り行い、快楽には貪欲に溺れる。この鋼のごときメリハリこそが、週末の悦楽を鮮烈に引き立ててくれるのだ。
1200kmの荒野を歩き抜いた私の精神力は、この異国の地で、あろうことか「夜の期待」を維持するためだけに遺憾なく発揮されていた。
石造りの静謐な写本室で、難解な古代文字と格闘していると、懐に忍ばせた魔導通信機が不自然に熱を帯びた。
浮かび上がったのは、彼女の拙い、だが愛おしい思念。
『先週はありがとう。あなたと外の世界で会えるのを、楽しみにしているわ。……アリガトウ』
……。
机に広げた古めかしい魔導書の記述を横目に、私は次の金曜日の、完璧な密会の計画を構築し始める。
「密会」という、甘美な猛毒を孕んだ単語が、祈りの言葉をかき消して脳内で何度も繰り返される。
もはや、崇高な魔導の呪文さえ、彼女への返信文をより美しく、より情熱的に飾り立てるための「ただの文字の羅列」にしか見えなくなっていた。
その日の夜、魔法学校の屋上に涼みに行くと、月明かりを浴びている見慣れた友人がいた、私は隣に座る友人に問いかけた。
「……そういえば君の本当にやりたい仕事って何?」
ふとした沈黙の隙間にこぼれた問いに、彼は少し照れたように鼻を掻いた。視線の先には、窓の外で細々と、だが絶えることなく灯る魔導灯がある。
「魔導具師、になりたいんです。でも、ただの高級品じゃない。僕みたいに魔力が乏しい者や、明日の薪にも事欠く貧しい子供たちでも、指先ひとつで等しく火を灯せるような……そんな、誰にでも優しい道具を作りたい」
彼は、自身の細く、魔力の脈動も薄い指を見つめた。
「あなたのその強大な魔力は、大聖女からの贈り物だ。でも、世界には選ばれなかった人の方がずっと多い。僕は、その人たちの隣にいたいんです」
(……くそっ!夜なのに私には眩しすぎる!直視できない!)
青白い月光に照らされた彼の横顔は、私がこれまで拝跪してきたどんな高名な大魔導師よりも、気高く、そして――今にも壊れてしまいそうなほどに、脆く見えた。
そのあまりに純粋な瞳。そこには、かつて私が、あの1200kmの荒野を歩き始める前に持っていたはずの「何か」が宿っていた。
だが、その直後、私の懐で魔導通信機が不浄な熱を帯びて震えた。
聖職者のような彼の言葉が、一瞬で「言葉の瓦礫」へと成り下がる。
(ああ、すまない友よ。君の言う『隣』には、きっと彼女のような女性も含まれているのだろうな)
私は彼にバレぬよう、隠れて通信機の画面をなぞる。
暗い優越感と、ほんの少しの自己嫌悪。
私は、友人の横顔から目を逸らし、錆びた手すりの向こうに広がる夜景を眺めながら夜の闇に沈む『Viculus』の灯りを思い浮かべていた。




