大人の魔導社会学
再会からニヶ月。私の生活は、かつての聖地巡礼路よりも過酷なものへと変貌していた。
「……あぁ、また紙が焦げた。なぜだ、この『火』の字は、一滴の熱を絞り出すための基礎中の基礎なのに……」
深夜の図書室。折れそうなほど細いペンを握り、羊皮紙と格闘する。少しでも魔力が漏れれば羊皮紙は発火し、集中が切れれば文字はただのミミズに退化する。脳が炭火で焼かれるような熱に、こめかみがズキズキと痛んだ。
「あはは、落ち着いてください。ほら、深呼吸。力みすぎですよ」
隣で彼が、困ったような、けれど嬉しそうな顔で私の手元を覗き込む。自らの研鑽を後回しにしてまで付き合ってくれる彼は、魔力こそ希薄だが、冬の泉のように澄み渡り、一点の淀みもない。
周囲は、未来への希望に瞳を輝かせるエリート候補生ばかりだ。ある者は宮廷魔導師を目指して古文書を読み漁り、ある者は未知の遺跡調査を夢見て、高潔な理想を熱く語る。それに比べて自分はどうだ、目標も定まらず、基礎の基礎で精神を削る、出来損ないの元戦士。
……と、そんなふうに私が落ち込んでいるとでも思っただろうか?
否。私には裏の目的もあった、そして……
私は震える手で参考書を閉じた。
「……今日はここまでにしよう。今夜は、少し『視察』に出かけてくる」
「視察? 熱心ですね、何の勉強ですか?」
「……交渉学だ。書物では学べないことがある。私はこの国の実情を知らなさすぎる」
純粋な瞳で私を見送る彼に、背中で嘘をつく。
そこは、芳醇な美酒と、喧騒と、現地の美女たちが手招きする禁断の社交場。『魔導社交場』。
「ハニートラップ耐性をつけ、生きた情報を収集する」という大義名分を盾に、現地の女性と触れ合いたいという卑俗な本能。これこそが、私の乾いた学習意欲を支える真の魔法だった。
(最初の二ヶ月は、とにかく勉強に集中する)
自分に課した禁欲期間が、今、ついに終わりを告げる。
魔導書を叩きつけ、私は夜の街へと駆け出した。胸にあるのは向上心ではない、狂おしいほどの背徳感。
いざ、戦場へ。私の“本当の修行”が、静かに幕を開けようとしていた。




