偶然の再会 ―戦術的撤退の先にある光―
廊下を歩く私の足取りは、意外と軽かった。
「戦術的撤退」を済ませた今の私に、もはや迷いはない。冷静に考えれば私は元戦士。魔法理論など、分からなくて当たり前なのだ。
今後は『魔導基礎修練室』に通い、基礎の基礎から徹底的に叩き込まれることになる。
(これだけの魔力を持っていても、宝の持ち腐れでは意味がないからな)
そんな殊勝な決意を胸に、重い扉を押し開けた。
漂ってきたのは、安っぽい香料とインクが混じった特有の匂い。そして、耳を突くのは若い生徒たちの垢抜けない喧騒だ。
その喧騒の隅。場違いなほど背を丸めて座る、一人の男がいた。
「あのー、隣、いいですか?」
極力、気取らない声を意識して声をかけた。返ってきたのは、記憶の底を優しく撫でるような、聞き覚えのある声だ。
「あっ、どうぞ……えっ!? ……ええっ!?」
「あっ……お前……っ!」
そこにいたのは、聖地巡礼の険路を共にしたあの青年だった。
泥にまみれ、励まし合い、二度と会うことはないと思っていた同志。これも大聖女マーレ様の導きなのか
授業が終わると、私たちは堰を切ったように言葉を交わした。
聖地の荘厳な景色、足の裏にできた肉刺の痛み、野営地で分かち合った薄いスープの味。
一晩中語り合っても足りないほど、私たちの記憶は眩しく、色鮮やかだった。
だが、話を聞けば彼は仕事の都合で、巡礼を途中で断念せざるを得なかったという。
「僕は、最後まで歩けなかったから」
寂しげに、けれど真っ直ぐに私を見つめる彼の瞳。彼は、どうしても叶えたい「やりたい仕事」のために、今度は学問という険路に挑もうとしているのだ。
挫折を知り、それでもなお夢を追う彼のひたむきな姿。
それが、戦術的撤退などと言い訳していた私の腐った性根に、火をつけた。
(ああ、そうだ。こいつの前でだけは、格好悪い姿を見せられない)
「……よし、決めた。半年間だ。半年間、ここで地を這ってでも基礎をモノにしてやる」
私の胸に、聖地巡礼の初日に感じたような、熱い決意が込み上げてきた。
隣で微笑む彼が、後の私にとってどのような存在になるのか。
この時の私は、まだ知る由もなかった。




