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戦術的撤退と大人としての尊厳

試験の結果、私の体内には「聖地巡礼」という名の荒行によって、人智を超えた魔力が蓄積されていることが判明した。技術も、出力も、もはや疑いようがない。

(これなら、最短距離で魔法戦士の座に駆け上がれる。王族の護衛も夢じゃない。そうなれば、給料の桁が……。ああ、大聖女マーレ様、感謝いたします)

未来を想像するだけで思わず顔がニヤけた。


……だが、その全能感は、午後の『魔導原論』という名の戦場で無残に粉砕された。

教室には十人ほどの生徒。中央に鎮座するのは、冷徹な眼鏡の奥で未知の理論を操る講師だ。授業が熱を帯びるにつれ、黒板に書き殴られる「古代式詠唱の文法構造」は、解読不能な暗号としての密度を増していく。

回答の順序が、時計回りに私へと近づいてくる。

開いた教科書に並ぶ、ミミズがのたくったような古代文字は、意味をなさぬ記号の羅列に成り果てた。鼓膜を打つ講師の意味不明な解説は、ただのノイズとして虚空へ滑り落ちる。

ついに、私の番が来た。

世界から音が消えた。針の落ちる音さえ響きそうな、真空の静寂。

「……あ、あ、火よ。赤く、とても強く、いい感じに燃えろ……?」

「……???」

「……??」

喉の奥は砂漠のように干上がり、視界が歪む。この既視感は何だ。

記憶の澱から、二十年以上前の光景が蘇った。私がまだ初等部のころ、先生の問いに答えることができずに、クラスメイトの視線に焼かれながらアワアワと立ち尽くしていた、あの無力な子供の頃の私だ。

聖地巡礼1200kmの険路を歩き抜き、大聖女の加護を得たはずの鉄の意志はどこへ行ったのか。

隣の席の生徒が、見かねたようになにかを囁いてくれた。だが、その救いの手さえも未知の言語という障壁に阻まれ、私はつかむことができなかった

結局、私は支離滅裂な何かを口にし、大人としての尊厳の欠片をかき集めてその場をしのいだ。

のちに、この授業が選択制であることを知った私は、迷わず履修を解除した。

これは逃げではない。「戦術的撤退」だ。

そう自分に言い聞かせる私の背中は、あの山道で見せたものとは比べ物にならないほど、小さく丸まっていた。


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