聖水は十ミリリットルまで
魔法学校編再開します
よろしくお願いします
聖地踏破から二週間。
私の魂は、すでに巡礼地にはなかった。半年間の魔法学校生活を控え、一点の不備も許されぬという強迫観念が、鞄の革紐を何度も解かせ、結び直させた。
「行って参ります」
両親へ告げた言葉は、戦士としての決意というよりは、古くなった鱗を脱ぎ捨てる竜の吐息のように軽かった。
標高三千メートルの断崖にそびえる「風導の港」へ到着し、しばしの休息を取る。「天蓋桟橋」の先端では、風術師たちが杖を振り、荒れ狂う上空の魔導潮流をねじ伏せて、巨大な飛行船の接舷を助けていた。
「刻印所」での出国審問を終え、最後の一杯となる港名物「風導麺」を啜る。喉越しを重視した細麺が、澄んだ黄金色のスープを連れて喉を通るたび、故郷の加護が胃の腑に染み渡るようだった。
そこでふと、妙な不安が胸を掠めた。
「万が一に備え、聖水は多めに持っていこう。この地の清流こそ、大陸一の純度なのだから」
購入した聖瓶を三本抱え、意気揚々と「識別の陣」へ向かった。
だが、青白く光る魔力探知機の向こう側で、門番は無情な宣告を下す。
「恐れ入ります。ここから先、高濃度の液体魔力の持ち込みは規定量を超えています」
頭が真っ白になった。
「……え、これは聖水、つまりただの善意の塊なのですが」
「主の加護も、十ミリリットルを超えれば船を墜とす爆薬に等しい。……ここへ置いていかれますか?」
さっきまで「命を繋ぐ輝き」だと信じていた聖水は、今やただの「密輸寸前の危険物」に成り下がっていた。
「……あ、失礼しました」
私は手に入れたばかりの、まだ神々しく光る瓶を、その場にある「魔力廃棄溝」へ投げ捨てた。
溝の底では、没収された他人の未練や魔力が混ざり合い、ヘドロのような極彩色を放って泡立っている。
私の旅は、己の傲慢をその溝へ捨てることから始まったのだ。




