人間の弟子
第二階層のフロアボスの部屋へ繋がる扉には、第十回層を表す「10」の刻印が施されていた。
扉を開けようとするリヒルとアランを必死で止め、説明をした。
「フロアボスの扉には、その階層を表す刻印がある」
「扉の刻印を見てみて」
三人が扉を振り向く。
「え、な、なんで、十って...」
「どういうことなんだよこれ」
「君たちはどうしたい?」
十階層、一桁階層のラスボス、それより若い数のフロアボスとは比べ物にならない強さだ。
「引き返そう、十階層のフロアボスはまだ無理だ」
「はい!」
そう言い、扉に背を向け引き返そうとした時、扉の方から大きな衝撃音が聞こえた。
ドン、ドン、ドン、その音は、一定間隔でダンジョンに鳴り響いていた。
扉がそれに合わせて振動している。
予感なんて軽いものではないほどの、嫌な未来が、無視することを許さないかのように目の前に迫っていた。
バン!という轟音と共に強風が僕らを襲った。
目を開けると、そこに扉はなく、代わりに大きな影が見えた。
それの後ろにあるボス部屋が徐々に明るくなる。
巨大な剛腕、太く鋭い角、その巨体が明るみに出た時、僕らは息を呑んだ。
ミノタウロス。
確かに、このダンジョンの十階層のフロアボスはミノタウロスであると資料に載っていたが、それはせいぜい人間二人分程度の高さだと書いてあった。
しかし、このミノタウロスは二人分どころか、十数人分はありそうだ。
こんな浅い階層で出る魔物ではない。
この相手は流石に三人では、そう思った瞬間、凛々しい声が背後から聞こえた。
「アランは牽制しつつ、アスタから離れすぎないように!」
「アスタはいつも通りだけど、回復を優先で!」
リヒルは僕の認識よりも格段に大人だった。
こんな状況でも、冷静に指示を出している。
こんな敵、ミスリルゴーレム以外見たこともないだろうに。
しかしよく見ると、三人とも足が少しであるが震えている。
そりゃそうだ、こんなの新人の死神でも怖い。
僕だってダンジョンという環境下では瞬殺は難しい。
でも、みんなは立ち向かおうとしている。
ここを邪魔するのは師匠のすることでは無い。
そう、僕の師匠は、僕が悪魔に殺されそうでも手を出さなかった。
あの頃はそれに疑問を覚えていたけど、今ならわかる。
人は窮地に立たされた時、それまででは想像出来ないような覚醒を遂げる。
もちろんそれは、選ばれた者だけだが。
「アランが牽制している間に、僕は最上級魔法を詠唱する!」
「それまでは何とか耐えてくれ!」
「分かった!」
僕は静かに後ろにさがった。
全員にそれぞれの得意な能力を更に少し上昇させる魔法をかけ、気配隠しの魔法を自分にかけた。
「僕の出番は、もう無いね」
何を考えたのか、何を思ったのか、自分にも分からなかったが、何故かそんな言葉が口から出た。
「灼熱の業火よ、リヒル・ウォリアスの名のもとに敵を穿ち、我に勝利を与えたまえ」
リヒルの目の前に魔法陣がゆっくりと構築されていく。
物凄い魔力の消費量。
リヒルの顔に汗が滲む。
このスピードだと、もうしばらくはかかりそうだ。
アランの方を見ると、積極的に攻めることでミノタウロスの注意をリヒルたちから話しているようだが、得意の剣技でも擦り傷程度しか付けることができない。
速さで何とかカバーしているが、体力が尽きればそれまでだ。
何度も、手を出してしまいそうな瞬間が来る。
でも何とか堪えると、みんな自分の経験から何とか対処法を生み出して、立ち直している。
あの時の師匠も、こんな気持ちだったのかな。
「アラン!下がって!魔法陣が完成する!」
リヒルの魔法陣が完成するその瞬間、リヒルが血を吐き、魔法陣の構築が止まった。
あとほんの少し、もう目では分からない程少し、しかし完成していない魔法陣に価値はない。
魔法陣を保つのにも魔力がいる、リヒルはもう立っているのでやっとのようだ。
これが、最後の出番だ。
僕はそっと人差し指を突き出し、リヒルの魔法陣に魔力を足した。
「ヘルフレイム」
枯れそうな声でリヒルが叫んだ。
リヒルと最初に出会った時に感じた。
この子の魔力は異常に密度が高い。
だからその分人よりも少ないのだ。
そんな魔力で構築されたヘルフレイムは、空間中を炎で埋めつくした。
他のふたりには防御魔法を張ってあげた。
これくらいはしてあげてもいいだろう。
もう前もろくに見えない。
ミノタウロスがどうなったのかも見えない。
だが、ミノタウロスが常に放っていた魔力がもう感じられない。
「合格だよ、三人とも卒業おめでとう」
僕はメモ書きと魔法石を置いて、気配を隠したままその場を離れた。
ダンジョンを出て、学園へ向かった。
予め書いておいて退職届けをセリアさんに渡した。
「え、辞めちゃうんですか」
「子供たちからもヘルン先生の授業は大人気なのに」
「ええ、すみません」
「そろそろ、旅の続きに行かないと」
「・・・」
「そうなんですね、これは私が責任を持って学園長に渡しておきます」
「ヘルン先生、頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます、またこの子達がこの学園を卒業する頃、顔を出しに来ますね」
「はい!」
冒険者協会。
「そろそろ行きます」
「そうか、寂しくなるな」
「これからも冒険者として活動して行こうと思います」
「ウォリアスに何かあれば、すぐに駆けつけます」
「ああ、お前の話は他のやつからも沢山聞けそうだな」
「では」
「おう、また顔出しに来いよ」
「はい」
ウォリアス王宮。
「また、旅に出られるのですね」
「はい、この国で出来ることは終えたので」
「本当に、ありがとうございました」
「何かあれば呼んでください」
「分かりました、頼りにしています」
「リヒル君、良い子ですね」
ウォリアスの王は少し驚いた様子を見せ、はにかみながら言った。
「ええ、自慢の息子です」
「さあ、みんな」
「行こうか」
「ばいばい!ウォリアスのみんな!」
ヘレナもハネストが馬車から顔を出して手を振った。
ヘルンファミリーを乗せた魔法の馬車は、ウォリアスを離れた。
〜リヒル・アスタ・アラン〜(ミノタウロス討伐直後)
「や、やった」
「よっしゃー!!!」
アスタがリヒルを治療する隣で、アランが飛び跳ねて喜ぶ。
「もうアラン、アランも傷があるんだから安静にして!」
「す、すまねえ」
「ヘルン、先生は?」
か細い声でリヒルが尋ねる。
アスタとアランは周りをキョロキョロと見渡したが、そこには小さな紙と輝く石以外何も無かった。
「ちょっとあれ見てくる」
アランがそれを拾い、折りたたまれた紙を広げて読み始めた。
「え」
アランの目元が少し濡れる。
《リヒル、アラン、アスタ、僕の可愛い弟子たち。
よくここまで成長したね。
最初はただの元気な子供かと思っていたけど、それは間違いだった。
みんな、自分を変えられる特別な子だ。
リヒルはリーダーとしての才能を感じるけれど、自分の安全まで考慮しきれていないね、人の良さが出ているのだろうけど、君が居なくなったらみんなが悲しむ。
リーダーは自分を含めたチーム全員のことを考える立場だ。
まだまだ成長できるよ。
アランはとにかく元気だね。
それは素晴らしい才能だと僕は思う。
君のおかげで、他の二人が力を貰うことを多々あるだろう。
カルディアさんには君を任せると伝えている。
あとは彼に任せるけど、彼からしっかり学ぶといい。
アスタ、君はいい子だ。
でも、自分の主張、自分の欲をちゃんと二人に伝えてあげて欲しい。
気を使うって言うのは素敵なことだけれど、仲間はお互いの心を知りたいものだよ。
君が二人に思うように、二人も君の幸せを願っている。
もう少し、心を開いてあげてもいいかもね。
さあ、これで僕の先生としての仕事は終わりだ。
僕は再び旅に出る。
君たちはもう三人でやって行けるはすだ。
でも、いつか師匠の力が必要になった時、僕は君たちの隣に現れるだろう。
僕の自慢の弟子たちへ、ヘルンより》
手紙に涙が滲んだ。
その涙は、悲しみの涙ではない。
師匠を思う、弟子たちの決意の涙だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
ついにウォリアスを旅立ったヘルン。
幸せを求めたヘルンの旅は、まだまだ続く。
(もちろん、この作品もまだまだ続く)
次の話もお楽しみに!
次話は、7月26日辺りに投稿しようと思います!
ご意見、ご感想、お待ちしております!




