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第7話 可愛い小鳥

 リリアーナという愛しい小鳥を、自らが用意した鳥籠の中で愛おしむ日々は、セフィルにとって至上の悦楽であり、極上の幸福そのものだった。


 毎日彼女の口へ手ずから食事を運び、仕立ての良いドレスをその手で着付け、細く柔らかな髪を梳いてやる。夜になれば、甘い薬を自らの唇で割り開いた口内へと流し込み、息が詰まるほどの口づけで彼女の理性を融かしていく。そうして日々を重ねるごとに、リリアーナの瞳からはかつての怯えや警戒は消え失せていき、代わりに彼に対する信頼と依存の色が濃くなっていくのが分かった。

 彼が部屋を訪れれば、彼女は花が咲くような笑みを浮かべて「セフィル様」と彼の名を呼ぶ。彼の手が頭に触れれば、心地よさそうに目を細めて彼の温もりに身を委ねる。彼の姿が見えなくなれば、不安そうにその行方を目で探している。


 ——ああ、愛しいリリアーナ。君はそうして、僕の腕の中だけで息をしていればいいのだよ。


 彼女が自分なしでは生きていけなくなるという実感が、セフィルの歪んだ独占欲をこれ以上ないほどに満たし、彼を心の底から満足させているのだ。


 しかし、そんな至福に満ちた日々は、唐突に破られることとなった。







「リリアーナ、昼食の準備ができたよ」


 いつものように食事を携え、セフィルは彼女の部屋へと足を運んだ。しかし部屋の前に辿り着いた瞬間、彼の身体を冷たい戦慄が駆け抜けた。


 部屋の扉が、僅かに開いている。

 普段は完全に閉ざされているはずの、彼女を外界から守るための扉。それが、隙間を作っている。セフィルは無言のまま、静かに扉を押し開けた。


 いつもなら、ベッドの上で眠っているか、窓辺のソファに腰かけて彼を待っているはずの愛らしい彼女の姿。それが、どこを見渡しても、影も形もない。


「……リリアーナ?」


 彼の声に応える者はいない。主を失った部屋には、ただ彼女が愛用しているドレスがぽつんと残されているだけ。クローゼットの扉が半分開いていて、彼女が何かの服を手に取った痕跡がある。彼女は自らの意思を持って、服を着替えて外へと出てしまったのだ。


 その時、セフィルの脳内では何かがぷちんと弾け飛んだ。

 彼の口元には、美しい微笑みが浮かぶ。しかしその深紅の瞳の奥に宿っているのは、世界を焼き尽くしても足りないであろうほどの猛烈な怒りを狂気。

 確かに、部屋の鍵は内側から開けられる。彼女が自らの足で、この安全な鳥籠から足を踏み出したのだ。自分を置いて、自分の目が届かない場所へと。


「僕に無断で、外に出たなんて。……本当に、悪い子だね」


 セフィルは、手に持っていたトレイを床へと投げ捨てた。銀の器が甲高い音を立て、料理が散らばるのも目に入らない。

 彼は即座に自らの強大な魔力を解放し、屋敷中……そして広大な敷地全体へと伸ばした。彼にとって、リリアーナを見つけ出すなど容易いこと。


「……見つけた」


 セフィルの姿が、陽炎のようにその場から掻き消えた。






 屋敷の裏手に広がる庭園。緑が広がるその中で、一人の女がふらふらと、目的もなく彷徨うように歩いていた。

 リリアーナだ。彼女は透けるような純白のワンピース一枚という薄着のまま、裸足で草の上を歩いていた。昼下がりの柔らかな陽光を浴びた彼女の身体は、光に混ざって融けていってしまいそうなほどの儚さを放っている。彼女の足取りはおぼつかなく、その視線はどこか遠くを彷徨っていた。


「……あ、お花……きれい……」


 リリアーナは足元に咲く小さな青い花を見つけ、嬉しそうにその場にしゃがみ込んだ。恐らく、彼女には悪意など微塵もないのだろう。ただ毎日部屋の中にいる日々に飽きて、外の空気が恋しくなったから、開いていた扉からふらりと出てしまっただけ。セフィルから逃げようという意図は、恐らくない。

 しかし同時に、彼女の背後に立ったセフィルの胸仲には、激しい怒りと独占欲、そして彼女を失うかもしれないという恐怖によってかき乱され、冷静な判断ができなくなっていた。


「リリアーナ」


 凍てつくような彼の声に、リリアーナはびくりと肩を揺らして振り返った。


「あ……セ、セフィルさま……? ごめんなさい、わたし、お外がきらきらしていて……」


 おぼつかない口調で言い訳をしようとするリリアーナ。しかしセフィルは彼女の言葉を最後まで聞く心の余裕など、欠片も残っていなかった。彼の憤怒は、限界を超えていたのだ。


「いいよ。君は、何も喋らなくていい」


 セフィルは一歩で距離を詰めると、リリアーナの細い腰を強引に抱き寄せ、その華奢な身体を自身の身体へと密着させた。


「ひゃっ……!? セフィルさま、いたい、です……」

「痛い? 僕の胸の痛みに比べれば、この程度は痛みのうちに入らないだろう。……僕から逃げようとした罰だよ、リリアーナ」


 彼は彼女の顎を掴み、乱暴に上向かせると、有無を言わせずにその唇を自身の唇で塞いだ。それは、毎晩の甘やかな口づけとは大きく異なるもの。優しさなど微塵もない。ただ彼女のすべてを奪い去るための、支配の口づけ。


「む、んぅ……っ! んん……っ」


 驚いたリリアーナが目を見開いている。セフィルは彼女の唇を開かせ、容赦なく舌を突き入れた。彼女の呼吸を奪うために、彼女の鼻を自らの手で塞ぎ、空気を吸うことを禁じた。リリアーナの口内に残る空気を自身が吸い上げ、代わりに自身の息で満たしていく。


「んんんーっ!! ぅ、は……んむ……っ」


 息ができなくて苦しいのだろう。リリアーナは涙を流してセフィルの胸を叩いた。必死にもがき、身を捩らせて拒絶しようとしている。しかし彼の腕は強固であるため、彼女の弱い力では微動だにしない。それどころか、彼女がもがけばもがくほど、さらに唇を深く重ねて彼女の口内を激しく貪り、蹂躙する。

 二人の唾液が擦れ合う淫らな水音が響き渡る。彼女の身体から力が抜け、その頭ががくりとセフィルの胸へと倒れた。

 名残惜しそうに唇を離したセフィルは、意識を失い、深い眠りへと落ちた彼女の顔を見つめた。彼女の唇からは唾液が零れ、瞳からは涙が零れている。


「……僕の可愛い小鳥。二度と、外へ飛び立とうだなんて思わないことだ」


 セフィルはぐったりとしたリリアーナの身体を横抱きにすると、再び陽炎のようにその場から掻き消え、彼女の部屋へと連れ戻した。



 部屋に戻ってからのセフィルの行動には、一切の躊躇がなかった。彼はリリアーナをベッドへ横たえると、クローゼットの中の隠し棚を開ける。そこから取り出したのは、鈍い銀色の輝きを放つ、魔力を帯びた鎖と足枷。

 彼はベッドの傍らに膝をつき、眠るリリアーナの細い右足首を掴んだ。毎日大切に世話をして、これ以上傷が付かないように守ってきた、愛しい足。


「君が勝手に歩くからいけないんだ。僕の手の届かない場所に、行こうとするから……」


 カチャリ、と金属の音が響く。セフィルは彼女の足首に、内側に柔らかな布が張られた特性の足枷を嵌め、しっかりと鍵をかけた。その足枷から伸びる銀の鎖は、ベッドの支柱へと繋ぎとめる。鎖の長さは、ベッドからすぐ隣のソファまでを行き来できるだけの最低限の長さにした。


「これでいい。これで、君はもうどこにも行けないね。僕の目に届く場所だけで、一生を過ごすんだ」



 セフィルは鎖を優しく撫でてその感触を確かめると、満足そうに微笑みを浮かべた。そして、眠りの中にいるリリアーナの瞼にそっと唇を寄せる。その睫毛は、涙によって濡れていた。


「愛しているよ、僕のリリアーナ」

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