第5話 彼の報復
※残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
「お義姉様がいなくなって、清々しますわ!」
エリディア伯爵家の屋敷には、楽し気な笑い声が響いていた。机の上には、領民から搾り取った血税で購入した最高級の紅茶と菓子が並んでいる。
「あんな何の取り柄もない日陰者は、最初からエリディアの恥でしたもの。これからは、優秀で美しいこのわたくしが、代わりにセフィル様に嫁いで差し上げますわ!」
豪華なドレスを揺らし、カトレアは傲慢に胸を張って高笑いを上げた。その表情には、姉を虐げ続けたことに対する罪悪感など微塵もない。
「本当にその通りよ。あの子は暗くて、陰気で、我が家の格を落すだけの存在でしたもの。公爵様も、あんな娘よりもカトレアのように華やかな娘の方がお気に召すに決まっています。ねえ、あなたもそう思いますよね?」
伯爵夫人が笑みを浮かべながら同意すると、上座に座る伯爵も深く頷いた。
「うむ。公爵閣下という強大な後ろ盾を失うわけにはいかんからな。リリアーナのような出来損ないは、どこぞの辺境で野垂れ死んでいればいい。これから我が家を背負って立つカトレアが、閣下の寵愛を一身に受けるべきである」
彼らにとって、リリアーナを物乞い以上に虐げて都合の良い道具として扱ってきたことなど、振り返る必要もない些細な事であった。むしろ彼女が姿を消したことで、厄介払いができたとすら思っている。何故かヴォルディア公爵はリリアーナを婚約者にすると打診してきたが、彼にあの娘が相応しいはずもない。あの絶対的な権力者を、今度は本物の愛娘によって繋ぎ止め、さらなる富と権力を得る——そんな歪んだ野心に、彼らは取り憑かれているのだ。
そして彼らの傲慢な身勝手さに拍車をかけているのが、屋敷で働く使用人たちだ。彼らは主人の顔色を窺い、リリアーナを虐げることで自らの地位を護り、鬱憤を晴らしているのだ。使用人たちは一様に嘲笑を浮かべ、消えたリリアーナの悪口を並べ立てている。
しかし、その吐き気のするような楽観は、無残に壊されることになる。
地響きのような凄まじい音を立て、部屋の扉が打ち破られたのだ。あまりの衝撃に、机の上のティーカップが床に落ちて粉々に砕け散る。
「な、何事だ!」
伯爵が狼狽して立ち上がった直後、怒涛の勢いで屋敷の中へと雪崩れ込んできたのは、甲冑に身を包んだ王国騎士団の一隊だ。彼らは一糸乱れぬ動きで邸内を制圧し、部屋の中にも踏み込んでくる。
「な、何だお前らは! 私は伯爵だぞ、無礼者め!」
「ひっ、やめなさい! わたくしの体に触るんじゃないわ!」
「黙れ、大逆の罪人どもが」
伯爵夫妻が叫ぶが、騎士達は一切の容赦をしなかった。それどころか、隊長の号令と共に屈強な騎士が伯爵の左右の腕を掴み、そのまま床へと叩きつける。
「がはっ……!?」
騎士に背中を踏みつけられ、伯爵は床に顔を強打して鼻血を吹き出す。そのまま自由を奪われ、取り押さえられた。夫人もまた、悲鳴を上げる暇もなく髪を掴まれて引き倒され、床に組み伏せられる。
「嫌ぁぁぁっ! 痛い、痛いわ!!」
カトレアも例外ではない。美しいと自負していた顔を床へ叩きつけられ、騎士の手によって両腕をへし折るかのように背中へと捻り上げられる。あまりの激痛に、彼女は涙と涎を流して絶叫した。
「動くな。抵抗すれば、その場で四肢を斬る」
騎士達の動きには一切の無駄がなく、流れるような手際で伯爵一家を拘束する。その様子を見ていた使用人達は、恐怖のあまり腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
「……連れて行け」
立たせることすら生ぬるいと言わんばかりに、騎士達は伯爵一家の髪や衣服の襟首をつかんだ。そして、引きずりながら移動を始めたのだ。
「ぎゃあああ! 痛い、痛い! 離せ!」
「や、やめてください! 誰か、誰か助けて!!」
「顔が汚れるわ! 嫌ぁぁぁっ、離しなさいよ!」
引きずられる伯爵一家の身体は、階段を一段降りるごとに鈍い音を立てて弾む。彼らがそのまま連れて行かれたのは、屋敷の大広間だった。床へと転がされた彼らは、痛みに耐えながら必死に顔を上げる。
その広い空間の上座の椅子には、男が一人、優雅に腰を下ろしていた。艶のある黒髪と、見る者を凍らせるように冷たい深紅の瞳を持つ彼は——セフィル・ヴォルディアだ。彼の傍らには、刀身が漆黒の剣が立てかけられている。
「セ、セフィル様……っ! ああ、セフィル様!」
カトレアは乱れた姿のまま、床を這ってセフィルへと近づこうとした。その顔は涙と埃で汚れており、先ほどまでの優雅な面影は微塵もない。
「助けてくださいまし! この不敬な騎士達が、急に我が家に押し入ってわたくしをこんな目に……っ! 酷いですわ、早くこの者たちを死罪にしてください! そしてわたくしを、無能なお義姉様の代わりにあなた様の傍に——」
「二度とその汚い口を開くな」
セフィルが放ったのは、聞く者を震え上がらせるような低い声だ。その声が発されると同時に、凄まじい殺気が空間を支配する。カトレアは息を詰まらせ、言葉を失った。セフィルは彼女を一瞥することすらなく、隣に控えていた従者から書類を受け取った。
「国家財産の横領が三十二件。領民への不当な重税と、それに伴う餓死者の隠蔽が、過去五年で数百名。さらには王家の貢ぎ物の着服、国外の犯罪組織との不法な取引……。調べれば調べるほど、吐き気がするような罪が出てくるな」
セフィルが書類を淡々と読み上げる。伯爵の顔からは、みるみると血の気が引いた。
「な、何を……。それは何かの誤解です! 私は国に忠誠を誓い、義務を——」
「黙れ。これは王命による、我が騎士団の確定結果だ。お前達の言い訳など聞く価値もない」
セフィルはゆっくりと視線を上げ、床に転がる三人を見下ろした。その紅い瞳には、隠しきれていない侮蔑と怒りが宿っている。
「加え、お前達が我が最愛の婚約者、リリアーナを虐げ、奴隷同様に扱っていた罪。それだけでも、私はお前達の肉体を刻んで殺して消滅させてやりたいと思っている」
セフィルの口から「リリアーナ」という名が出た時、伯爵一家には激震が走った。なぜ彼がそこまで怒っているのか、ようやくその一端を理解したのだろう。しかし、彼の言葉はそこでは終わらない。
「だが、お前達が犯した罪はそれだけに留まらない。国家を揺るがす横領と領民への残虐な重税。これは大逆罪だ。王族の方々も、これには激怒していらっしゃる。既に王家からは、お前達エリディア伯爵一族に対する処刑の許可を頂いている」
「処、処刑……っ!?」
夫人が白目を剝きそうになりながら絶叫し、カトレアはガタガタと身体を震わせた。
「待ってください、セフィル様! わたくしはリリアーナと違って優秀ですわ! わたくしならあなた様のお役に立てます、だから——」
「お前のような塵を具現化したような害虫が、リリアーナの代わりになると言うのか? 妄言を口にするな。お前の存在など、彼女の足元に転がる石にも及ばない」
セフィルは立ち上がり、剣を手に取った。
「王家からは、お前達を好きにしていいと言われている。だが、これほどの罪を犯したお前達だ。一瞬で首を刎ねるような、そんな生易しい殺し方では……あまりに勿体ないと思わないかい?」
彼の口元が、残酷に吊り上がる。
「お前達が奪ってきた者達の苦しみを、その身に刻んでやろう。簡単に死ねると思うなよ。肉体が朽ち果てるその瞬間まで、絶望を味わい尽くせ」
その時、広間が開かれ、別の騎士達が十数名の人間の首に縄をつけて引きずってきた。それは、先ほどまでリリアーナの悪口を言って笑っていた使用人達だ。皆が、恐怖で顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしている。
「な、何を……」
「お前達と一緒に、リリアーナを虐げて楽しんでいた有象無象どもだ。主人だけが罰せられて、手先となった犬どもが生き残るなど、公平ではないだろう?」
呆然と呟いた伯爵に、セフィルが冷たく笑う。使用人達はセフィルの前に並べられ、一斉に床に額を擦り付けた。
「こ、公爵閣下! どうかお許しください! 私どもは伯爵の命令に従っただけでございます!」
「そうです! リリアーナ様をあのように扱わらなければ、私どもが罰せられるところでして……!」
「嘘を吐くな。お前達が進んで彼女の食事を奪い、暴言を吐き、楽しんでいた証言はすべて残っている」
彼の言葉に、使用人たちは凍り付いた。そんな彼らを見下ろし、セフィルは美しい指先を持ち上げる。
「主人への制裁の前に、まずは害虫の駆除をするとしよう。お前達のその聞きがたい言い訳ごと、すべて灰に還してやろう」
パチン、と、セフィルは軽やかに指を鳴らした。次の瞬間には、使用人達の足元から紅蓮の炎が吹き上がった。
「ぎゃあああああああ!!!! あつい! 熱いぃぃぃっ!!」
「助け、助けてぇぇっ! 身体が、身体が燃えるぅぅっ!」
それは、普通の炎ではなかった。セフィルの強大な魔力が込められた、肉体だけではなく魂までも焼き焦がす業火である。使用人達は床を転げ回り、己の身体を搔きむしるが、炎は消えるどころか彼らの皮膚を融かし、肉を焼き、骨を爆ぜさせていく。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
それを見せつけられた伯爵一家は、恐怖のあまり失禁した。さきほどまで自分達に傅いていた使用人達が、生きたまま焼かれていくのだ。むせ返るような肉の焦げる臭いと、鼓膜を破らんばかりの断末魔が響き渡る。
ほんの数十秒の出来事だった。激しい炎が収まった時、そこには灰の山だけが残されていた。声を上げる者すら、もう誰もいない。
「ふう、多少はすっきりとしたな。さて……次はお前達の番だ」
セフィルは灰の山を踏みつけ、一歩、また一歩と伯爵一家へと歩み寄る。彼はこの時でも、完璧な微笑みを浮かべている。圧倒的な美しさを保つ”死神”が、そこにいた。
「ひ、ひぃっ! 助けてくれ! 悪かった、私が悪かった!」
「お金ならいくらでも出すわ! だから、命だけは!」
伯爵と夫人が床に額を叩きつけるように命乞いをする。しかしセフィルは、その頭を躊躇なく踏みつけた。ミシリ、と骨がきしむ音が鳴る。
「まずは、その手からだ。お前達がその手で、リリアーナからどれほどのものを奪い、どれほど傷つけたか……骨の髄まで、その罪を悔いるがいい」
セフィルの合図で、背後に控えていた兵達が様々な鉄製の器具を手に前へと進み出た。伯爵の髪を掴んで無理やり床に固定していた騎士が、一本の深く錆びた釘と槌を構える。
「やめろ! やめてくれぇぇっ!」
鈍く重い音が響いた。鉄釘が伯爵の手の甲を貫き、床へと打ち込まれたのだ。
「ぎゃあああああああああああおぉぉぉっっ!!!!」
人間が出せるものとは思えないような凄惨な絶叫が響き渡る。血飛沫が舞い、セフィルの足元を赤く染めた。しかし彼は、そのおぞましい光景を平然と見つめ、微笑を浮かべたまま次の命令を下すのだった。
「次はそこの女だ。汚い舌を引き抜け。……その娘は、自慢の顔を剥ぎ取ってやれ。リリアーナが味わった地獄よりも苦しい苦痛を、今ここで与えてやる」




