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Ep6-40 ゲーム・セット

よみがえった山下久兵衛が向かう先は――

「ひぃ、ひぃ、ひぃ」

 悲鳴なのか息切れなのか、それとも引きつった笑い声なのか、白田の体を乗っ取った山下久兵衛が広い折り返し階段を転がるように降りて階下を目指す。

 階段手摺の一番下にある親柱に手を突いて膝を支え、息を整える。ニタリとした笑みを張り付かせていた目が、頭を上げた拍子に飛び込んできた光景に大きく見開かれた。

 階段下のスペースに設けられた小さな談話室にはソファと作り付けの書棚、その正面に大きめの暖炉が設けられており、桜色の大理石でできた装飾の少ないマントルピースに囲われている。

 その暖炉の奥の壁が開かれていた。

 厳重な封印と隠された錠前によって守られた秘密の部屋だ。そこが、山下久兵衛の奥の院であり秘蔵のレリックを収蔵した宝物庫だった。

たれかっ!」

 狂ったように隠し部屋に飛び込んだ山下久兵衛が見たのは、保管ケースから出した直径三センチほどの古銭を光に透かして確認している季の背中だった。

「シャァァァッ」

 山下久兵衛が言葉にならない奇声を上げて季に飛び掛かった。

 季は背中を向けたままシロウトの攻撃を避け、逆に胴体を蹴って吹き飛ばす。

 ぐしゃっと棚にめり込むようにして倒れた山下久兵衛の上に貴重なレリックがなだれ落ちる。

 しかし久兵衛はダメージを感じていない勢いで立ち上がり、目を血走らせ指を鉤爪のように開いて再び季に飛び掛かった。

「それはわしのものじゃあぁぁっ」

 季は薄ら笑いを浮かべながらその攻撃を避ける。

 山下久兵衛は今度は慎重に狙いをつけ、じりじりと間合いを詰めながら喚く。

「わしの宝に手を着けるとは馬鹿な奴よ。ちょうどいい、おまえの魂を『地獄銭』に捧げてくれよう」


『地獄銭』

 裏市場で数千万で取引される、手に入れると金運が急上昇する代わりに“誰か”の命を代償にするという貨幣。一枚ごとに呪詛が宿る。現代ではその価値は億を下らない。

『朕はこの秘宝を朕の魂を継ぐ者に遺そう。朕の成功と栄達の源泉となった力を。皇帝の礎を』


「ほう?これを自分の物と言い張るおまえは山下久兵衛か?」

 余裕の構えの季が白田の体を乗っ取った男に問いかける。

「いかにも」

 山下久兵衛が答えた瞬間、季がニタリと嗤った。

 季が反対の手を差しだす。そこには口を開けた『羊脂玉浄瓶』が握られていた。

「ぬぅぁぁぁ、図ったなあぁぁぁっ!」

 階下の騒ぎを聞きつけて駆け下りてきた写楽が目にしたのは、喉を掻きむしる白田とその姿を嘲笑う季の対峙する姿だった。

 白田の口からエクトプラズムのような淡い霧が染み出す。次第に『羊脂玉浄瓶』向けて動き出す白い霧が、季の持つ古銭の前に差し掛かった時だった。


 古銭から鬼の手がにゅうっと飛び出し、山下久兵衛の魂をつかんですっと古銭の中に引っ込んだ。


 一瞬の出来事に嘲笑を張り付けたまま季の表情が固まる。季の貌が焦りに青ざめる。

「待て、嘘だ。そんなはずは……」

 季が慌てて手元のガジェットを『地獄銭』に押し当て、古銭の量子回路反応を確かめる。が、そこには何も残っていなかった。『地獄銭』は持ち主の魂を回収し、ただの古銭へと戻ってしまっていた。

 呆然と膝をつく季に写楽が近づき、腹を抱えて笑いながら肩を叩く。

「あははは、やっちゃったねぇ。『地獄銭』は持ち主が死んだときに魂とともに地獄に持ち込むお金。だから本来は持ち主の魂とともに呪力も冥府に送られそこで持ち主の賄賂として役に立つためのアイテムだって知ってたよね?」

 古来中国には死者とともに貨幣を埋葬する風習がある。地獄銭はもともと冥府での魂の安寧を願って収められる副葬品だった。だが呪術の抜け道を利用して、死者の魂が冥府に旅立つ初七日を終える前に奪い取り自分の物とすることで、死者が地獄で受けるはずだった恩恵を現世で享受する。それがレリック『地獄銭』の仕組みだ。そうして生み出された中でも最も強力な物が、秦の始皇帝の御陵から盗まれたとされる『地獄銭』だった。それは歴代朝廷を支える呪的礎となり、失われることは革命の起こりを意味した。

 写楽が季を煽りながら続ける。

「君なら重々承知だろう?そいつの前に正しい持ち主の魂をぶら下げたら、そりゃあ地獄の役人が回収に来るさ。これで山下氏はさんざん前払いさせた地獄銭の借金を返す羽目になる。そして正しい魂を拾得した地獄銭は呪力を失いただの古い貨幣に戻る。あとには歴史的価値しかない古銭が残るだけ。あんたたち二人とも、骨折り損のくたびれ儲けだね。あははは」

 季はあまりのショックに憎まれ口を叩く写楽の相手もできない状態だった。

 長く追い求めてきたロスト・アセットを目の前で失った事実だけでなく、その原因を自分が作ってしまった失態が重く肩にのしかかる。

「地獄銭が失われたことは僕から報告してあげるよ。あんたの立場が危うくなりそうだからね」

 クスクスと笑いながら季の周りをぐるりと回る写楽。

「おっと、これは返してもらうよ。このロスト・アセットはレムナンツ・ハンズの成果だからね」

 写楽は季の懐から『未明の鍵束』を取り上げる。季はいつの間にか鍵束をケイタからすり取って、ここの宝物庫を開けるのに使ったのだった。

「じゃあね。気を落とさないで。そのうちいいことあるさ」

 少年っぽさの残るハイテノールでエアリーなハスキーボイスを残して、写楽倣介は宝物庫をあとにした。



『地獄銭』は失われ、暗躍した山下久兵衛の魂は地獄へと連れ去られた。洋館は燃え広がる炎に包まれていく――

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