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Ep6-39 神憑り

炎に巻かれた部屋の中に桔花の姿を求めて飛び込む英太が見たものは――

 部屋の中央から放たれる輻射熱から瞳を庇って突入する。

「桔花っ!」

 部屋の中には敵の姿はなく、いつか八坂の森で逢った神憑かみがかった状態の片梨さんが宙に浮いていた。

 ゆっくりと回転し、俺の姿を認めると獰猛な笑みを浮かべる。

『ぬしはいつぞやの。ほう、少しは腕を磨いたか』

「桔花……でいいんだよな?敵は去った。もとに戻ってくれないか?」

 神憑りの桔花が放つ熱で部屋の天井や壁紙は火が付き、火災は別の部屋へも広がり始めていた。このまま桔花を連れ出したら余計に被害が広がる。

 俺の思惑を見抜いたのか、桔花はぷいと横を向いていった。

『いやじゃ。妾はこの姿が妾じゃ。もとに戻ると言われても知らぬ』

 いつの間にか宙に浮いていた体はベッドに着地して、柔らかいマットレスにぺたんと座り込んでいる。炎の打掛はベッドのシーツを焦がさずに本物の衣服のように広がっている。

 これって何を燃やして何を燃やさないか自分で制御できるっていうことなのかな?

『何をじろじろ見ておる。不遜な奴め』

「あ、ごめん。その着物、どうなっているのかなーって思って」

『これか?便利であろう?攻防一体というヤツじゃ。そのうえ美しさも兼ね備えておる』

 なぜか前回遭遇したときよりもフレンドリーな対応だ。俺を少しは認めてくれているということだろうか。

「俺が触れても火傷しない?」

『なんじゃ、おぬし。妾に触れたいと申すか。ふん、ませた小僧じゃ。ならぬ。人の身で妾に触れようなぞ千年早いわ』

 ツンとそっぽを向く。

「いや、でもこのままだと連れ出せないし……」

『妾を連れ行きたいと申すか。いづこへ参らんとするや?』

 少し興味を引いたのか、オレンジ色の虹彩がキラリと光る。

「どこって、そりゃ家に帰るんだよ。このままこの空間にとどまるわけにいかないし。レイドもそろそろ終了するから」

『ふん、つまらぬ。もっと楽しい場所を申せ』

 ええぇ。なんか超わがままモードの片梨さんみたいだ。

「そんなことを言っても……。今日のところは一旦帰らないと。また今度どこか遊びに連れて行ってあげるからさ」

 何とか懐柔しようと少ない引き出し全開で提案を考える。

『いやじゃ。今がええ』

「わがまま言わないでよ。今度アイス三段重ねおごるからさ」

『……』

 考えているよ。神憑っていてもアイスは好きなんだな。

 煙が濃くなり、天井の梁が焼けてパチンと爆ぜる。

「火が回ってきた。もうあまり時間がない。早く出口を探さないと」

『案ずるな。妾に火は効かぬ』

 そんな自己中心的な……

「そりゃどうも。でも俺はそうはいかないんだよ。早く逃げないと死んでしまうかもしれない」

『……それは困るのぉ』

 考え込まないでよー。でも、知ったこっちゃない、と切り捨てられなくてよかった。

「だから、な。これを飲んでくれないか」

 俺は片梨さんの魂が入っている白ヒスイの瓶を差し出す。

『それは……嫌じゃ。そやつはキライじゃ』

 ええ、片梨さんの魂と一心同体なんじゃないの?そもそもこの神憑りの状態って一体全体どうなってるんだろう?魄だけだと動けないって聞いたんだけど、こんなにはっきりと力をふるって行動しているってことは魂もそろっているとしか……。もしかして、この瓶の中身って魂とは別の何か?でも「それ」じゃなくて「そやつ」って言ったよな。この瓶の中身を人だと認識しているっていう意味だろうか。うーん。聞いてもきっと答えてくれないよなぁ。

 とにかくもとに戻さないと。きっとこの片梨さんの魂と同化してもらわないと今の神憑り状態が解除されないんだと思う。根拠はないけど、直感的にそう感じる。

 バキッと砕けた梁の燃えさしが天井から落ちてくる。

「危ないっ!」

 思わず庇うように片梨さんに覆いかぶさる。

『あっ』

 のし掛かった俺の手が炎でできた打掛に触れて……、熱くない?

 見ると炎の服が消えて片梨さんのプロテクティブスーツ姿に戻っている。

『妾は炎など構わぬと申したであろう。押し倒すとは不敬である!』

 プンプンと怒っているようだが、俺を排除しようしていない。実力行使までは考えていないみたいだ。助かる。怒りで赤らんだ表情がちょっと怖いけどこの際強行突破だ。

「これを飲んでくれないと困るんだ。お願いだからわがまま言わないでくれ」

『嫌じゃ』

 せっかく顔が近づいたので瓶の口を開けて片梨さんの口元にあてがおうとしたが、堅く口を閉じて顔を背ける。

 その口元を追いかけて瓶を寄せると、すぐに首を振って反対側を向く。

 目をつむり眉間に皺を寄せ、いやいやをする子供ように顔を背ける片梨さん。

 本人は大丈夫と言っているが、天井から梁だけでなく漆喰など他の部材もボロボロと落ち始めている。このままでは本当に生き埋め、いや、俺は焼死だ。

 ええい、こうなったら最終手段だ。

「ごめん」

『なにを……!』

 俺は白ヒスイの瓶に口をつけ、中のとろりとした液体を口に含む。舌に乗るような質量はなく温度も感じないが、何故か甘く懐かしい香りがする。間違えて飲み込む前にと急いで片梨さんに口移しで中身を飲み込ませる。

 突然の感触に驚いて目を開けた拍子に薄く開いた唇からするりと乳白色の液体に似た何かが入り込み、片梨さんの喉を通り抜ける。

 俺はどんと突き飛ばされ、ベッドから落ちて尻餅をついた。

「イテテテ」

『不埒者!覚えておれ、この償いはアイス三段重ねでは済まさぬぞ』

 顔を真っ赤にして怒りながら片梨さんが俺に指を突き付けて糾弾する。

「悪かったよ。ちゃんとお詫びするから今日のところは、ね?」

『ふん。まあ良い。頃合いのようじゃしの。忘れる出ないぞ。この貸しは必ず取り立てる……』

 片梨さんの瞳から神憑った威圧感が抜け落ち焦点を失う。

 俺に指を突き付けていた腕も力なくだらりと落ちる。

「桔花?」

 俺は不安になって瞳を見つめながら肩を揺する。

「はっ、英太?ここは……」

「良かった、気が付いたな。詳しい話はあとだ。館が焼け落ちる。その前に出口を見つけないと」

「何も……覚えてないわ……」

「そ、そうか。とにかく急ごう」


 英太が出口の安全確認のために背を向けたとき、桔花は顔を伏せ唇をそっと指で押さえた。



八坂の森で英太を追い詰めたときと同様の謎の力を揮う桔花を、何とか鎮めた英太だが――

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