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Ep6-36 幻燈少女

山下久兵衛の亡き妻の寝室で、秘めやかに儀式が執り行われていく――

「もうすぐだ。目覚めのときだよ……」

 白田はうわごとのように繰り返しながらストレッチャーを押して書斎の二つ隣にある居間に入っていく。その奥は開かずの間になっており、軒端やレムナンツ・ハンズが探索をあきらめた部屋があった。

 白田が扉に手を当てると隠された魔法陣が浮かび上がり、各部の紋様が回転して封印が解除される。

 そこは山下夫人の寝室だった。

 豪奢なカーテンが窓明かりを完全に遮断し、完全な暗闇を作っている。長く封印されていたのか部屋の空気は他の部屋と比べても甘く淀んでいた。

 天蓋付きのベッドの脇にはオイルランプが灯っている。点いたままのランプの油が何年も持つはずはないので、封印によってこの部屋自体の時間が停止していたのだろう。

 白田がキイキイと車輪を軋ませてストレッチャーをベッド脇に付ける。

 ベッドの上には主はおらず、ただ長く伏せていた小柄な人物の名残がマットレスや枕のくぼみに見て取れた。

 白田は丁寧な所作でベッドの羽根布団をめくり、いたわるように丁寧に片梨さんの体を横たえる。

 顔を見つめながら掛け布団を胸元までかけ、髪を整えて両手を組ませるように胴体の上に添えた。

 ランプの揺れる明かりに照らし出される片梨さんの顔はビスクドールのように白く透明で、死体の持つ妖しい美しさがあった。


 白田がベッドから離れてランプの脇にある黒塗りのブリキ製の箱に近づく。

 明治時代後半に流行した幻燈機だ。

 突き出た真鍮の円筒の中にはガラスレンズが組み込まれていて、根元の機構で焦点を合わせられるようになっている。円筒と本体の箱との間には薄い板を挟み込むガイドレールがあり、ここにスライドをセットするようになっていた。通常の幻燈機が持つ本体から真上に突き出した煙突のような構造はここにはなく、代わりに中身を入れ替えるためのハッチがついている。

 白田がハッチを開けて中に大きめの量子結晶をセットする。

 壁に貼られた銀幕に丸い光が投射された。

 白田が機構を微調整して何かのボタンを押すと、丸い光の中に映像が浮かび上がる。

 それは気品があり儚げな美しさを持つ和装の少女が窓辺の暖かなスペースに座り刺繡の針を刺す姿だった。

「露子さん……」

 白田のつぶやきに反応して映像の中の少女が手元の作業を止め、こちらを振り向く。

 少し驚いた表情を作り、そのまま目を伏せて顔を赤らめた。

 白田が無言でその様子をしばらく眺めていると、少女は窓の外の何かに気を取られたのかそちらに視線を送る。

 画面の外からは見えない何かをしばらく眺めたあと、少女は再び手元に目を落とし作業を再開した。

 画素は荒く色彩も褪せて見えたが少女の動きはまるで生きているように滑らかで、山下氏の生きた時代の無声映画とは別物のクオリティだった。映像は同じシーンを繰り返し映し続けるようだったが、次の一分は前の一分と微妙に異なり、絶えず何らかの変化を伴いつつ閉じられた世界を繰り返していた。


『幻燈少女』

 桜吹雪の中で儚げに微笑み振り返る少女を描いた幻燈。

 短い時間の映像を切り取り、量子結晶から生成されたガラス状の板に閉じ込めたもの。そのガラス板に特殊な光を照射することで閉じ込められた時間をループ状に再生する。

 成金・山下久兵衛の最大の秘宝と言われており、そこには彼の莫大な資産を隠した埋蔵金の在り処にたどり着くための地図が隠されていると目されている。埋蔵金の現在評価額は2000億とも4000億ともいわれている。

『露子さん。もうすぐ逢えるよ。ようやく貴方に伝えることができる……』


 映像の中の少女を見つめる白田の眼には、思慕の想いと同時に熱い支配愛が渦巻いていた。


 白田がストレッチャーでいっしょに運んできた小物をナイトテーブルに並べる。

 『羊脂玉浄瓶』だ。

 二つ並んだそれは、書斎のマントルピースの上で封印に固定されていたものだった。

 そのうちの一本を手に取って白田が愛おしそうに撫でる。

「君の新しい体だよ、露子さん。前のとは違ってとても健康な肉体を用意したんだ。君が望むなら世界一周だって叶うよ」

 もう一つの瓶に目をやり、続ける。

「私の肉体もちょうどよさそうなのがいくつか手に入った。年齢が会いそうなのは二体かな。片方は健康だが少々野卑なところがある個体だったから止めておこう。もう一方の個体は優柔不断が目立つが、中身は入れ替わるのだから問題あるまい」

 白田は再び白ヒスイの瓶をナイトテーブルに置いて立ち上がる。

「さあ、復活の刻限ときだ」

 白田が懐から量子結晶を取り出してかざすとベッドの天蓋を囲む魔法陣が床に出現し、ゆっくりと結界が立ち上がっていく。

 結界の中で白田が白ヒスイの瓶の蓋を開け、幻燈の中の少女に向けて声をかける。

「露子さん、おいで」

 再び驚いた表情を作った少女の映像が背景だけを残して幻燈機の映像から消え去る。

 スクリーンから立ち昇った靄が白ヒスイの瓶に吸い込まれていく。

 瓶の中に乳白色の液体が収容されたことを確認して白田が瓶の蓋をした。

 幻燈機の映し出す映像の中に少女が姿を現すことは二度となく、ただ風に舞った桜吹雪がときおり窓の外を通り過ぎるのだった。

『幻燈少女』に封じられていた魂の断片を回収した白田が次に執り行うのは桔花の体への移植だった――

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