Ep6-31 評決(戸惑い)
ケイタが倒された。暗闇を利用して姑息に動き回る犯人を捕らえるために英太が取った行動は――
「ケイタ……」
円卓にはこれ見よがしに中身の入った白ヒスイの小瓶が置かれていた。
「あんた」
季氏を睨みつけながらガタガタと椅子を鳴らして写楽君が立ち上がる。
「おいおい、俺はマントルピースには一切近づいていなかっただろう。おまえたちも見ていたはずだ」
季氏がニヤニヤと笑いながら両手をあげて武器を持っていないというようなポーズをとる。
俺がまとめきれないためにじわじわと味方が削られていく。片梨さん、俺、そしてケイタ。明らかにこちらの陣営が狙われている。
「写楽君、引いてくれないか。季さん、これで三対三だ。条件は整ったと思うけど、まだ反対しますか?」
「英太さん。ここで引いたら舐められますよ」
「勘違いしないでくれ。俺たちの敵は『夢幻演奏』を起動したやつだ。季さんがその人と決まったわけじゃない」
限りなく黒だけど。
「……」
写楽君がトオノさんのほうを振り返る。トオノさんも静かに首を横に振る。
「ちぇっ」
よかった。拗れる前に写楽君が引いてくれた。写楽君との間にわだかまりが出来た気がするけれど、今はこの場を戦場ではなく協議の場にすることに全力を尽くすんだ。それが俺たちノクターナルが生き残る唯一の方法だ。俺はポーチの中の小瓶をそっと撫でる。
「季さん、どうですか?」
「ふん、いいだろう。話に乗ってやろう」
「では、誰かに盗られる前に『羊脂玉浄瓶』を確保します」
俺はマントルピースの上の鏡の前に出現した新しい小瓶を手に取り、席に戻る。
「じゃあ、準備はいいね?『評決の羅針盤』をセットするよ」
トオノさんは嬉々としてロスト・アセットの操作をする。もともとガジェットに目がない人なので平常運転ではあるけれど、チームメイトが倒れた直後にしては明るすぎないだろうか?それとも、こういう経験が多くて実際の危険性が小さいことを承知しているからだろうか。俺はトオノさんの代わりにケイタの魂の小瓶を回収して別のベルトポーチに収納する。写楽君も気持ちを切り替えて季氏だけでなくほかの大人組の面子の様子にも目を配っているようだ。
「では、協議を始めます。この中の誰が、『夢幻演奏』を起動した犯人だと思いますか?忌憚ない意見を聞かせてください」
「ふん、俺を怪しんでいるんだろうが、違うぞ。そもそも俺が犯人だったらこれほどあからさまな行動はとらないさ」
「どうだか。わざとあからさまな行動を取って自分は違うって印象付ける作戦かもしれませんよね」
「そういうおまえはどうなんだ?そっちの小僧どものお仲間ですって面をしているが、つい最近加入したばかりだそうじゃないか。このレイドに合わせて潜入したスパイなんじゃないのか?」
「なっ」
「確かに、怪しいですね。レムナンツ・ハンズは万年Bクラスのはず。中堅チームとはいえ、このレイドで最多の三個のロスト・アセットを入手したのは運が良すぎる気がします」
「運も実力の内だけどね」
トオノさん、それ、返しとしてズレてますって。
「軒端さんは何か意見はありますか?」
「……とくにない」
うーん、何を考えているのかよくわからない人だ。敵意は感じないけれど、同様にロスト・アセットへの執着も感じられない。季さんなんて、トオノさんの『評決の羅針盤』や俺の持つ『羊脂玉浄瓶』にあからさまにねっとりとした視線を向けている。
浅野氏はどうなんだろう?
彼には豊富な知識でさりげなくサポートしてもらっている気がするが、俺たちの味方というより何か自分の中の基準で動いている感じがあって完全に気を許すのは危うい気がする。それに、俺たちの獲物だった『軍靴の片足』を横取りされたことも忘れてはいない。
「ほかに意見は?」
そろそろ投票に入ろうか、と提案しようとしたとき、自動的に『評決の羅針盤』が動き出した。
針の中央が赤く光り、針がくるくる回る。
「ほう、どうやらこのレリックは参加者の意思が固まったことを検出して自動的に結論を出すようだね」
やがて針の動きがゆっくりと速度を落とし、軒端さんの前で止まった。
「!」
「なに!」
驚いた。俺自身は季氏を選択していた。けれど、みんなは直接的な感情は抑えて得体のしれない者、という基準で軒端さんを選んだということか。
軒端さんもこの選択に驚いた表情を隠せずにいた。
「軒端さん、もし無実なら申しわけないですが、決定を受け入れてください」
俺がゆっくりと『羊脂玉浄瓶』の口を軒端さんに向ける。
俺を睨みつける目の奥で打つべき手を高速で計算をしていることがわかる。その中には俺を襲うというものも含まれているだろう。ただ、俺にはある計算があった。もうすぐ『夢幻演奏』の曲が終わる。攻撃を受けても即死でなければ瞬時に復活できるはずだ。俺は恐怖心を抑え込んで軒端さんの名を呼びながら栓を抜いた。
ドサリ
軒端さんが糸の切れた操り人形のように円卓に突っ伏す。軒端さんの体から白い霧のようなものが浮き上がり、『羊脂玉浄瓶』の口に吸い込まれていく。すべての霧が吸い込まれ、瓶の口を覗くととろりとした白い液体が瓶の三分の一ほどまで溜まっていた。俺は瓶に栓をして円卓に置いた。
そのまま緊張の面持ちで演奏が終わるのを待つ。
パチン
暗闇が訪れ、すぐに明るくなる。
マントルピースのほうを振り返ると新たな小瓶が一つ、置かれていた。
軒端さんではなかった。
俺はこの段になって初めて、刑の執行者の重圧に胃が重くなり吐き気を感じた。
残るメンバーを説得し、敵ではなく自分たちの手で『羊脂玉浄瓶』を使う決断をした英太。多数決の示す結果に従い、軒端を手にかける。だが『夢幻演奏』のループは止まず――




