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Ep6-28 人狼の罠

割れたカップが復元し、こぼれたコーヒーがもとに戻るというあり得ない現象を目の当たりにした英太。独立独歩のソロ・レイダーたちは協調性に欠け、犯人捜しは難航する――

「ちょっと、どうなってんのよ?」

「『夢幻演奏』の効力だ。時間が巻き戻ったんだ」

「本当にそんなことができるんでしょうか?」

 写楽君は何かのトリックではないかと勘繰るように修復されたカップを観察する。

「でもよぉ、オレはさっきまでのことを覚えてんぜ?それって時間が巻き戻ったって言えんのかよ」

 確かにそうだ。本当に時間が巻き戻るなら巻き戻ったこと自体に気づけないはず……なのかな?

「物理現象に限定されるみたいだよ。僕の傷、治ってるし。ほら」

 カップで切って血が出ていた指を突き出す。

「興味深いですね。つまり、物理現象はリセットされるが人間の意識や記憶はそのまま引き継がれるということか。確かに、このレリックが純粋に音楽を楽しむという動機から作られたものなら、楽しんだ記憶が消えてしまっては元も子もありません」

 浅野氏が考え込む。その表情には罠にかかった焦りの色はなく、研究対象を見つけた喜びのような色が浮かんでいた。

「軒端がいない。奴はどこだ?」

 季氏が鋭く声をあげる。全員がハッとなって周囲を見回したとき、書斎の前室から軒端さんが戻ってきて告げた。

「出られんな。この部屋は封印されているようだ」

 全員の疑うような視線に気づいて憮然とした表情を深め、腕組みをして席に座る。彼は照明が落ちると同時に動いて退路の確認に行っていたようだ。

「さて、我々はここに閉じ込められてしまったわけですが、実行者は素直に名乗りでていただけないでしょうか?」

「どういうことだよ?」

「『夢幻演奏』を起動したのはこの部屋にいた者に限られるでしょう。十数分前からこの場には我々しか居りません」

「それはわかるけど、なんで自首を勧めるの?名乗り出るような奴はもとからこんなことはしないと思うよ?」

 写楽君の問いかけに浅野氏が溜め息交じりにいう。

「そうですね。私もそう思います。ですが、この無限ループは起動者が満足するまで継続します。つまり罠を解除するには起動者が無限ループを終了すると決心するか、あるいは起動者の意識を奪うしかないのです。起動者の目的は分かりませんが、こちらとしても座して待つわけにはいきません。もし、名乗り出ていただけないなら、力ずくで意識を刈り取るしかなくなります」

 つまり、自首を勧めたのは浅野氏流の宣戦布告ということか。

「もっともらしい御託を並べているが、おまえが犯人じゃないのか?」

 季氏が反発する言葉を投げかける。自分が犯人だから抵抗しているのか、浅野氏が犯人である可能性を考えて主導権を取られないように牽制したのか。

「私自身は自分が起動者でないことを知っていますが、残念ながらそれを証明する手段がありません。客観的に見ればあなたの疑念も当然のことですね」

「証明する方法ならあるぞ。おまえが気絶すればいい」

「あなたから、どうぞ」

 睨みつける季氏の言葉を予測していた様子で浅野氏が切り返す。

 季氏が舌打ちをして引き下がる。彼にしてみれば周り全員が敵だ。敵地で意識を失うなど自殺行為だ。受け入れる余地はないのだろう。それか、彼が犯人か。一番ありそうだけど。

「手詰まり、だね」

 トオノさんがどこか距離を置いた言い方で椅子にもたれかかる。

 確かにその通りだ。もし犯人捜しを強行した場合、瞬時に生き残りをかけたバトルロワイアルが始まるだろう。せっかく共闘を宣言して潰し合いを回避したのに。

「へっ、全員ぶっちめて気絶させりゃいーんだろ?」

 やばい、後先考えない人が一人いた。

「いい加減にしなさいよ、駄犬。ハウス」

「あ?」

 ケイタの矛先を自分に向けて一触即発の事態を回避した片梨さんが全員を見回していった。

「リーダーは英太だって決めたでしょ?協定が破られるまではルールに従いなさい」

 彼女は年少組だがたぶん個人としての火力はこの中で最大だ。大人組もそれは感じ取っているようで抑止力として作用している。

「英太もシャキッとしなさい」

 ああ、わかっている。俺が仕切らないと。

「浅野さん、起動者が意識を失えば『夢幻演奏』が止まるのは確かでしょうか」

「推測によるところが大きいが、まず間違いないでしょう。この手のレリックは安全装置を組み込まないとデッドロックしてしまい本当に抜け出せなくなります。だから人の意思を介在させる仕組みを取ることが多いのです」

 俺は納得してうなずいた。

「皆さんの中で安全に人を気絶させる手段を持っている方はいますか?例えば薬品とか」

「スタンガンならあるよ。生命に危険はないけど、気絶させるなら規定値より電圧をあげる必要があるけど」

 いや、それはちょっと。安全の定義についてトオノさんと話し合う必要がありそうだ。

「悪いけど、私には効かないと思うわ」

 えっ?

「なによ。身体に危険なことには反射的に術式を発動して防御するのよ。熱い薬缶に触れたら手を離すのと同じよ」

 普通でしょ、というように言い放つ。まあ、逃避反射ってそういうものだし、片梨さんならありそうだ。身内に無効な方法を選んでも他の面子には受け入れてもらえないだろう。

「悩ましいところだが、あまり時間は残されていないようだ」

「え?」

「もうすぐ曲が終わる」

 慌てて蓄音機に目をやる。いつの間にかテノール歌手の歌声は途絶え、プチプチと埃を拾ったようなノイズだけがホーンから漏れる。

 パチン

 ブレーカーが落ちたような音が響き、再び室内が暗闇に包まれる。


 ドサッ


 重いものが倒れる音がすぐ隣から響く。

「!」

 驚きに振り返るより速く、再びぐらりと世界が回転した。


 照明が戻る。

 隣りの席で、片梨さんが円卓に突っ伏し倒れていた。


再び発生した時間の巻き戻り。だがそこでは気を失った状態で桔花が倒れていた――

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