Ep6-27 無限演奏
館の探索結果を持ち寄った面々。だがそこには語るほどの成果はなく――
それぞれ発言を終えて考え込む。。簡潔な報告に終始したがそれも仕方なかった。
「結局、得られたものは無しか」
「出口は無し、二階の書斎の並びに開かずの間、ロスト・アセットは書斎に二種類発見されたが封印されている」
「封印の種類は酷似しています。一つが解ければ全部解けるかも」
「つまり封印は一種類で、この館全体にかかっているってこと?」
「希望的観測も入っていますけどね」
「そりゃあ、助かるな。ちまちまと一個ずつ解除なんて面倒だ」
得られた情報が少なくて次に何をすればいいかアイデアが出ない。
「この館が罠だという浅野さんの意見には賛成です」
俺は浅野氏に水を向ける。浅野氏は小さくうなずいた。
「我々がここに集められた理由が鍵だろうね。罠を仕掛けたのは館の主の係累かそれとも主その人か……」
「その人物が何を目的としているか、ですか」
「それもあるが、なぜこれらのロスト・アセットが一堂に集められたのか。そこにも意図を感じるね」
「確かにね。これだけのロスト・アセットが一回のレイドのターゲットになることって普通はあり得ないわ」
「そうなんだ」
この中で一番キャリアが少ないのは俺だ。レイダーの常識には疎い。
「普通は一回のレイドで一つのロスト・アセットを狙うよね」
「リーダーがボーナス・レイドって言ってたじゃん。だからじゃねーの?」
ケイタが頭の後ろで手を組み椅子を傾けて落ち着きのない姿勢で言った。
「それはそうだけど、参加者のほとんどはあのリストはブラフだと考えていたと思うよ」
「というと?」
俺は写楽君に普通のレイダーの見方を訊ねる。
「発表されたリストは山下氏が集めたロスト・アセットの一覧っていうふれ触れ込みだった。どこかに未発見のロスト・アセットがあるとして、あのリストの中のひとつが見つかれば御の字っていうのがソロ・レイダーの感覚だよ」
そうか。山下氏の蒐集品リストが新たに見つかっただけで、そのロスト・アセットが全部見つかったってわけじゃない。運営はいかにもそれらが全部あるふうに発表していたけど、具体的にどこにあるか知っていたわけじゃないし、リストの内のいくつが現存するかについても情報を持っていたわけじゃないってことか。運営は最近の失態からレイダーたちの不満を反らすために大盤振る舞いなイメージ戦略を打っただけ。老獪なソロ・レイダーたちはそれを分かったうえで、それでも一攫千金を夢見て参加するってことらしい。
それが蓋を開けてみれば複数のロスト・アセットが無造作に展示されていた。常設のものもあったけれど、企画展で持ち寄られたものもあった。それらが偶然同じ時期にそろい偶然レイドのターゲットになった?
都合が良すぎる。
「だからリストのロスト・アセットがここに集まることを企図したのは罠の主だということですね」
うーん、とブリーフィングの会話を記憶から掘り起こす。
「そういえば今回のロスト・アセットの一覧は『未済報告書』の記述がもとになっていると聞きました」
「それは私も確認している。誰かが用意した偽物だがね」
浅野氏が軒端さんを見つめる。軒端さんはわずかに顔を背けた。
「そのロスト・アセットってここにあるんでしょ?何かヒントが書いてあるかも」
トオノさんが身を乗り出して見せてほしいと軒端さんに迫る。
「名称のリストがあっただけだ。他に情報があったわけじゃない」
嫌そうに身を引きながら軒端さんが答える。
「確かに軒端氏の言う通り、偽物には名前の一覧があっただけでしたね。ですが、本物を見たのはあなただけです」
にこやかに見つめる浅野氏とそれを嫌そうに睨み返す軒端さんの間で無言の闘争が繰り広げられる。やがてあきらめたようにため息をついて軒端さんがバックパックから黒い革表紙の帳面を取り出した。軒端さんの言う通りなら秘匿して全員を敵に回すリスクを取る意味はない。だから本人もあきらめて開示することにしたのだろう。
「これだ。何も書かれていない、ただのリスト――」
革表紙を開いた軒端さんの手が止まり、滅多に崩さない渋い表情が驚きに塗り替わる。
「――どういうことだ?確かに手に入れたときには何も書かれていなかった……」
開示された『未済報告書』にはロスト・アセットの名称とそれらの効能が綴られていた。
「ふん、わざとらしい」
季氏は軒端さんの驚きを演技だと一蹴したが、俺はそうは感じなかった。軒端さんが隠していたなら今更そんな演技をする理由がないし、簡単に開示した理由も思いつかない。
「これは興味深いですね」
浅野氏も身を乗り出し、円卓に置かれた革表紙の帳面を覗き込む。
「なんだなんだ。なんかおもしれーことが書いてあんのか?
興味なさげにしていたケイタが急に身を乗り出した拍子にトオノさんのコーヒーカップをひっくり返す。真っ白なテーブルクロスに濃い色の染みが広がる。
「わー、何すんだよ」
服にコーヒーがかかり、思わず立ち上がった拍子にコーヒーカップが円卓から転がり落ちて床で割れる。大惨事である。俺も思わず立ち上がって焦ったが、他の面子は無視して『未済報告書』の中身を精査していた。
「もう、コーヒーカップ、割れちゃったじゃないか。イテッ」
床に落ちて割れたカップの破片を集めようとしてトオノさんが手を切ったみたいだ。血のにじむ指を咥えてケイタを睨みつけている。
「悪かったって。その、スマン」
さすがにケイタも頭を下げる。
片梨さんが二人を一瞥し、軽蔑をにじませて吐き捨てる。
「何やってんのよ。バカ騒ぎはよそでやってくれない?」
あはは、片梨さんらしい切れ味だな。
ちょっと和んだというか、集中力が切れて円卓から視線をあげる。
ん?なんだ?違和感というか、さっきまで無かったものがある感じ。
音楽?
Recitar! Mentre preso dal delirio...
チリチリと細かいノイズが乗り、柔らかく篭ったテノール歌手の声が鼓膜に忍び込む。
non so più quel che dico, e quel che faccio!
なんだ?どこから聞こえる?
Eppur è d'uopo, sforzati!
指向性を感じさせない柔らかい音質の出所を探してきょろきょろとを見回す。
Bah! sei tu forse un uom?
「どうしたの、英太?」
片梨さんの声に重なって笑い声が響く。
『ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!』
自嘲に震え、魂の嗚咽と絶叫を吐き出すような嗤い声だ。オペラの名場面なのだろう。
歌声の主は触れることができなかったはずの蓄音機だった。
俺の戸惑う様子に気づいた皆が振り向いて蓄音機を見る。
「これ、動いていなかったよな?」
「ええ、気味が悪いわね」
「オレじゃねぇよ?」
「わかってるわよ。いくらあんたでもおふざけでそんなことしないくらい」
「すごいなあ。本物のSPレコードプレイヤーが動いているところなんて初めて見るよ。んー、いい音だ。クリアなだけの現代の音楽プレイヤーと違って何とも言えない豊かなホワイトノイズに包まれた暖かな音色……これが山下氏が聞いていた音楽かぁ」
「やめたまえ。それに触れてはいけない!」
トオノさんが蓄音機に近づいて興味津々で触れようとする。が、浅野氏から鋭い静止の言葉が投げかけられ、持ち上げた手が止まる。
百年の刻を越えて届けられた音楽に陶然とするトオノさんの気持ちもわかるけれど、今はそんな場合じゃない。
「ねえ、これってロスト・アセットなんでしょ?ってことは何らかの影響があるんじゃないの?」
写楽君が当然の懸念を表明する。
「『夢幻演奏』。それがこのロスト・アセットの名前です――」
『夢幻演奏』
時間密室を作り出すレリック。
レコードの再生が終了すると同時に時間が巻き戻り、すべての物理現象がリセットされる。
SPレコードは針がすぐに劣化し再生一回ごとに針の交換が必要だった。また、動力はゼンマイ仕掛けで、毎回蓄音機の横に張り出したハンドルを巻き上げる作業が欠かせない。何度も繰り返し聞きたいと願ったとある魔石細工師が、レコードの終了と同時に物理現象が巻き戻る術式を組み込んで劣化しない蓄音機を発明した。
起動者が動かし続けたいと考える間だけ、無限に繰り返す。演奏が終了すると時間が巻き戻るので、蓄音機を破壊しても最初の時間に戻り再生が始まるだけである。
「――つまり、これを起動した人物が満足するまで、我々はこの曲の演奏時間という牢獄からは抜け出すことができないということだ」
浅野氏が『未済報告書』の紙面に表れた『夢幻演奏』の能力を解説していた最中に曲が終わる。
そして突然、書斎の照明が消えた。
「なに?」
「何が……」
ぐらりと世界が回転するような感覚が襲う。
身構える間もなく、照明が点灯する。
「なんだったの、今の?」
「あっ!」
全員が周囲を見回す中、トオノさんが声をあげた。
割れたはずのカップがソーサーの上に戻り、コーヒーが元通りに満たされている。
濡れたはずのテーブルクロスも真っ白だ。
俺のほとんど飲み終わっていたカップも半分ほど満たされた状態に戻っている。
互いの顔を愕然と見つめる耳に、テノールの豊かな歌声が届く。
それは最初のフレーズからの繰り返しだった。
レリックの罠に捕らえられた参加者達。互いに信用できない彼等は、はたして協力して脱出を糸口をつかむことができるのか――




