Ep6-26 評決の羅針盤
探索に出ていた面々が三々五々と書斎に集まる。全員で成果の共有を行うに当たり、リーダー役を決めることになり――
「結局何もなかったなあ」
「だからあの開かずの間にお宝があンだって。ぶっ叩いて開けちまおうぜ」
「無理だって。あの封印はかなりのレベルだよ。専門家が腰を据えて解析しても数カ月はかかるんじゃないかな」
「へえ、不可能とは言わないんだ」
トオノが倣介に挑発気味に言葉をかける。
「まあね。ボクにできる、とは言わないけど、出来るやつなら知っているからさ」
「頼もしいな、倣介は。甘ちゃんギーク野郎はすぐに弱音吐くからよ」
「弱音だけは吐かない脳筋よりは頼りになるよな」
「なんだと、ヤンのかコラ」
「返り討ちじゃ」
拳を固めるケイタと何やら怪しげな装置を背後から取り出すトオノ。
「もう、いい加減にしてくださいよ。ぜんぜん進まないじゃないですか」
倣介が二人の肩を強く握ってため息をつく。いつもは最年長のカサギさんがやっているポジションを一番年少者の写楽君が務めている。カサギさんがいつも疲れた顔をしている原因の一端を見た気がした。
「あら、賑やかなのが来たわね。優雅なお茶の時間が台無しだわ」
「あん?」
「あ、コーヒー飲んでる。さっきは飲みそびれたからなぁ。僕にも一杯ください」
トオノが浅野氏に断りを入れて自分の分をカップに注ぐ。浅野氏は館の主人のように鷹揚にうなずいている。
「ふぅ、落ち着く。こんな夜更けにはやっぱりコーヒーがないとなぁ」
「おまえ、四六時中コーヒー飲んでんだろうが」
「ケイタも飲めば?カフェインは興奮を抑える作用があるらしいよ」
「けっ、カフェインならエナドリで十分だ」
「あら、もしかしてコーヒー苦手なの?お子ちゃまぁ」
ニタリと嗤った口元を手で隠して片梨さんがケイタを煽る。
「ばーか。コーヒーなんてオッサンの飲み物だぜ」
「あら、英太も美味しそうに飲んでるわよ?」
ビクッっとカップを傾ける手を止めてケイタを見ると、恨みがましい目で見られた。
「裏切者め……」
とんだ飛び火である。
わちゃわちゃやっていると書斎の入り口のほうに人の立つ気配がした。軒端さんだ。和やかな会話にあきれたように首を振って円卓に着く。浅野氏が送った目礼を目で受け止めるが礼を返すことはしなかった。敵対はしないが迎合もしない、というところか。
続いて季氏が入ってくる。こちらは全員を値踏みするような鋭い目つきを丸眼鏡越しに周囲に配っている。明らかに警戒する姿勢が態度に表れていた。他の全員が席に着いているので季氏も仕方なく残った席に座る。
「全員揃いましたね。よろしければ調べた結果を共有しませんか」
浅野氏が提案する。なるほど、これを待ってたわけか。
「なぜおまえが取り仕切る?」
せっかく形成されつつあった話し合いの流れを季氏が遮る。
浅野氏が肩をすくめる。
「あなたが仕切りたいならどうぞ」
「オレは反対だ。コイツは信用ならねぇ」
今度はケイタが反対を表明する。
なんとなく流れで軒端さんに視線が向く。が、彼は椅子に背中を預けたまま腕組みを解き片手をあげて言った。
「面倒ごとは御免こうむる」
まとまらない……。やはり競い合うレイダー同士、それもソロとなると容易には協調できないようだ。でもこのままじゃ何も解決しないし……。
「こういうときはロスト・アセットを使おうよ」
トオノさんが何かを思いついたように発言する。
「どういうこと?」
「僕の持つ『評決の羅針盤』は簡単に言うと多数決を取る装置なんだ。口に出して宣言しなくても心に浮かべた相手を読み取って一番多かった声に反応するんだよ」
「へえ、ホームルームにあると便利だな」
トオノさんがバックパックから取り出した黒漆塗りの木箱を見て季氏の目が鋭くなる。厚みのある蓋を開け、太極盤に回転する針を付けたような形状の物体を取り出す。浅野氏が顎に手をやり、円卓の中央に置かれたロスト・アセットを見つめてつぶやいた。
「聞いたことがあります。中国の明代に圧政の中で人々が生み出したレリックがあったと――」
『評決の羅針盤』
明の時代、粛清と弾圧が吹き荒れたころ、理不尽な圧政の下で仲間を売らなければならない非情な判断を強いられた官吏たちが用いたと言われる。このレリックは参加者の中から一人を投票で決定する。それは言葉として発せられなくとも心に浮かんだ人物を読み取って非情な多数決で決定されるという。羅針盤の決定は絶対である。誰も逆らうことはできない。
「――このまま睨みあっていてもらちがあきません。進行役を決める程度なら問題ないでしょう」
そうしてこの場の全員が進行役という名のリーダーを決めることに賛同した。その瞬間、『評決の羅針盤』の針の中央が血の色に似た濃い赤色に発色し、ゆっくりと反時計回りに回転を始めた。
全員が針の動きを見つめる中、羅針盤に向けた視線を外さずに片梨さんが俺に小声で告げる。
「わかっているわよね、英太。ノクターナルは誰の下にもつかない。そして、今のノクターナルのリーダーはあなたよ」
ぐ。難しい話は大人に任せて、などと考えていた日和見な態度に釘を刺される。
確かにそうだ。自分の力不足は否めないが、だからといってレイダーが主導権を自ら手放してはならない。円滑に進めるためには投票の結果には従おう。だけど、決まる前から誰かの下に着くことを考えてはダメだ。自らの運命は自分で決める。俺に足りないプロの自覚を指摘されて、楽な方へと流されそうになる心をぎゅっと引き締める。心の中で、ただ一人をリーダーとして思い浮かべる。
そして羅針盤の針はゆっくりと速度を落とし、参加者の一人を指して止まった。
一番初めに口を開いたのは浅野氏だった。
「……石守君がリーダーか。ふむ」
浅野氏は想定通りという顔をしている。他の大人組の二人も歓迎はしていないが仕方ないという表情だ。
「当然よね、リーダー。あんたに任せたわ」
片梨さんがなぜか嬉しそうにバシンと肩を叩く。
「いてっ」
ケイタも親指を立てて決定に賛意を表明する。トオノさんと写楽君も異議はないようだ。
「ええと、それじゃさっそく。各自この館の捜索結果を報告してください。まずはノクターナルから」
「一階には外に出られる場所は無かったわ。出入り口になりそうな扉や窓は全部封印術式でロックされている。戸棚や抽斗なんかも全部ロックされているわね。めぼしいものは何もなかったわ」
片梨さんが話している間、つい『評決の羅針盤』に目が行く。
なぜ自分が選ばれたんだろう。
大人たちのほうが絶対にまとめ役に向いていることは誰の目から見ても明らかだ。
だが、ソロ・レイダーのメンタリティを考えると、彼らが自分自身に投票したことは明らかだ。レムナンツ・ハンズもカサギさんがいるならともかく、ここにいる面子では誰かに任そうと考える可能性は低い。片梨さんも自分からリーダーに立候補するタイプだ。結局全員が自分に投票したら、票がばらけて決まらない。たった一つの票がキャスティングボードを握ることになるのだ。
もし俺が日和って片梨さんに投票していたら、『評決の羅針盤』はどんな結果を表示したのだろうか。
報告を終えた片梨さんと目が合う。にかっと笑みを浮かべる彼女の信頼に、俺は答えなければと気持ちを引き締めた。
多数決でこの場のリーダー役に選任されたのは英太だった。海千山千のレイダーたちを前に、英太は気を引き締める――




