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Ep6-25 探索

英太たちが書斎にたどり着く数分前、別の人影が書斎の中にあった――

 軒端の目的はこの館からの脱出だった。

 軒端はあわよくばと欲をかいたことを後悔していた。謎のスライドを見つけ、半ば業界の伝説と化していた山下久兵衛の埋蔵金、すなわち失われた宝物庫への鍵ではないかと考えて動いた結果がこれだ。本来の目的である『未済報告書』を手に入れた時点で撤収していればCROWSの包囲網が完成する前に丸の内の現場を離れることができたかもしれない。身を隠してレイドに参加したことも、ロスト・アセット盗難の発覚を遅らせるために偽物を用意したことも、今となっては水の泡だ。

「二兎を追う者は一兎をも得ずとはよく言ったものだな」

 自嘲気味につぶやく。

 軒端はお宝探しには目もくれず、ひたすらに外に出られる出口を探して洋館の中を駆けずり回った。


 ◇◆◇


 季の生まれは日本だったがそのルーツは大陸にあった。思想やコネクションと言った要因を抜きにしても、季にとって祖国とは大陸のことだった。現在の政治的国家のことではない。もっと原始的で魂や細胞レベルにまで刻まれた源流としての祖国。中原ちゅうげんを支配するものが季にとっての国であり忠誠を誓う組織なのだ。

 寄せ集めのCROWSの中には様々な派閥がある。その中にあって大陸の息がかかったグループが貪狼の率いる派閥である。最も腕が立ちCROWSの中でも発言権が大きいことから貪狼が派閥のリーダーとされているが、真の意思決定はさらに上位者が執り行っている。それは日本という国を超え東アジア全体に根を張る裏の組織であり、中原を支配する影の国家であった。

 その組織の末端にある季に与えられた任務は大陸から持ち去られた神仙の宝具の回収だった。その中でも至高と呼ばれる宝具がすなわち地獄銭である。地獄銭は秦の始皇帝の墓所から盗まれた宝であり、歴代朝廷を呪術的に支えた国家の礎といえる存在だった。それゆえにCROWSは地獄銭に対して過剰なまでの執着を示すのだ。

 季は組織からの予備情報として山下久兵衛という男の来歴を日本人の誰よりも詳しく得ていた。久兵衛は日清戦争のおり、どうやってか大陸の宝具の在り処を聞きつけて混乱に乗じて奪取した。そのときに盗まれたものの一つに地獄銭が含まれていたのだ。山下久兵衛の目覚ましい成功は奴の才覚ではない。地獄銭の効力によるものだと季は断じていた。

 我らの奪われた資産(ロスト・アセット)は必ず取り戻す。これ以上の詐取は断じて許さない。

 それが季を動かす行動原理だった。

「これも我が国から持ち出された宝具か」

 洋館に集ったメンバーの中で最初に書斎にたどり着いた季がマントルピースの上に並んだ二本の羊脂玉浄瓶に目を凝らす。手のひらに隠れるサイズのマグライトの光で乳白色の瓶を照らすと、微細な結晶がモザイクのように絡み合うのが見える。間違いない。本物の白ヒスイだ。

 季は羊脂玉浄瓶を回収したかったが瓶は強固な結界でその場所に固定されていた。

(くそっ、久兵衛め。どこまでも我々を愚弄する気か)

 心の中で毒づいたとき、背後で人の気配がした。

「あ、ここに何かありそう」

「おまえ、さっきもそういって何もない部屋に入ったろうが」

「今度は間違いないと思うよ」

「倣介がいうんなら間違いないか」

「なんだよ、この扱いの差はー」

「そりゃあ、実力の差だろう」

「ぐぬぬ。倣介に言われるならともかく、一番探索の役に立っていないケイタに言われるのは納得いかないー」

「まあまあ」

「イヒヒヒ」

 書斎の前室をのんびりと会話をしながら入ってくる人影があった。レムナンツ・ハンズの面々だ。

(ガキどものチームか。遠足気分で警戒心の欠片も無しか。まあいい、油断しているほうがこちらはやりやすい。ん?)

 さらに書斎の奥に進もうと振り向いた瞬間、何かがジャケットの隠しに触れた気がした。反射的に押さえて指先で確認する。切子細工の尖った表面処理が指に当たる。誰にも悟られないよう『理髪師の小瓶』の存在を確認し、表情を変えずに書斎の別のエリアの探索に向かう。

「かーっ、先を越されたか」

 ケイタと名乗った少年が季を見て大きなリアクションで一番乗りを逃したことを悔やんでいる。隙だらけだ。共闘するといったことを真に受けているらしい。単純バカは扱いが楽で助かる。そう思ってちらりと送った視線の先に、鋭い眼光で季を見つめる少年がいた。写楽倣介である。こちらの表情の小さな変化も見通しそうな視線だ。だが季も老獪なレイダーである。倣介の目力に負けず無表情に見返す。

「そこの『羊脂玉浄瓶』を盗らなかったということは結界か何かで触れられないというわけですね」

 じっくりと観察すれば誰にでもわかることとはいえ、この一瞬で、この距離で、良くそこまで見抜いたと感心する。年齢からすると上出来だといえよう。いや、もしかしたら見かけをごまかしているのかもしれない。いずれにせよ、この写楽という男は油断ならない相手として記憶しておこう。

 季は倣介のカマかけを無視して奥の書斎机の抽斗に取り掛かる。が、どの抽斗もピクリともしなかった。

「おう、どうした倣介。さっきのオッサンは?」

「そこのデスクの陰にしゃがみ込んでるよ。攻撃するつもりがあるのかわからないけど、油断しないで」

「へへ、承知だぜ」

 一触即発の体でケイタと倣介がそれぞれ別の側から書斎机の向こうに回り込む。

「どういうつもりか知らないが、紳士協定を結んだんじゃないのか?」

 机の前にしゃがみ込んで机の袖にある抽斗の鍵穴のピッキングにトライしている季が上目遣いでケイタを睨みつける。

「オジサンは信用なんか不要って言ってたと思うけど?」

「ふ、俺は構わないが、ガキどもから率先して協定を破ったとなると他の連中も放ってはおかないと思うぞ」

「へっ、上等じゃねぇか。全員まとめてぶっ飛ばしゃいいだけだろうが」

「怖いもの知らずだな。おまえ、狂犬て呼ばれたことがあるんじゃないか」

「なぜそれを……って、別に呼び名なんて好きに呼べばいいぜ。オレぁこっちで語るほうが好きだがな」

 そういってケイタが拳を固める。無表情で季が立ち上がる。足を肩幅よりやや狭く開き、肩をだらりと落として指先をほんの少し内に曲げた自然体だ。

 ドサッ

「イテテテ」

 重いものが倒れる音がしてトオノの間の抜けた声が背後から響く。

「何やってんだよ、ギーク野郎。どうやったらそんな何もないところですっころべるんだ?」

 ケイタがファイティングポーズを解いてマントルピースの前で四つん這いになって床に手を突いているトオノを見下ろす。

「あははは」

 愛想笑いするトオノに毒気を抜かれてケイタがあきれ声を出す。

「あー、やめだ、やめ」

「そうだね。この部屋はオッサンがいるからボクたちが物色できる隙はないでしょう。別の部屋を先に回りましょう」

「そのほうが効率良さそうだ」

「了解ぃ~」

 レムナンツ・ハンズが書斎をあとにする。

 デスクの後ろのガラス扉の書棚も開けることができなかった季もすぐあとに書斎から出て別の部屋に向かっていった。

 二組の動きを観察していた浅野が影から姿を現す。

「めぼしいものは何も残っていなさそうですが、はてさて。どんなメッセージが残されているのでしょうかね」

 その後しばらくして白田に引き連れられるようにしてノクターナルのメンバーが書斎へと入っていったのだった。

それぞれの思惑を包み込んで、洋館の夜は静かに進行していく――

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