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Ep6-24 書斎

英太たちがたどり着いた書斎には先客がいた――

 壁面収納の書棚の前に重厚な黒檀のデスクがあり、部屋の中央には円卓と八脚の椅子が置かれている。レースのカーテンがかかる腰窓の下には横長のソファがあり、脇にコーヒーテーブルが添えられている。部屋の角には引き出しの付いた猫足の机があって、年代物の蓄音機が据え付けられている。大きな朝顔のようなラッパはマホガニーの薄板を張り合わせてできており、やわらかい室内の明かりを受けて飴色に艶めいていた。この部屋にもマントルピースがあり、上部には大きな半円形の鏡が備わっている。

「おお、やはりここだ。山下氏の書斎ですよ」

「やあ、先にいただいていますよ」

 円卓に座った浅野氏が薄い白磁のコーヒーカップを優雅に掲げて挨拶をよこす。

「もう。英太がのんびりしているから先を越されちゃったじゃない」

 片梨さんから苛立ちの声が飛ぶ。

 片梨さんだって一階から順に調べようって決めたとき賛成したよね?

 書斎は山下邸のほかの部屋と違い、どことなく生活感があった。

「そのコーヒー、どうしたんですか?」

 一番の違和感が浅野氏が飲んでいるコーヒーだ。湯気を立てており淹れたてのいい香りがする。

「この部屋に入ったときから用意されていましたよ。君たちも味わうといい。深めのローストで酸味が程よく抑えられている。上品で後味も悪くない。うん、いい豆を使っていますね」

「誰が用意したのかもわからないものに口をつけたんですか?罠かもしれないのに」

「ははは、もちろん薬物が含まれていないかはチェックしてありますよ。そう緊張せずに、私が毒見をしたと思って安心して飲むといい」

「ふん、まるで主催者ホスト気取りね」

 片梨さんが円卓の開いている席にドカッと座る。浅野氏が純銀製のポットからコーヒーをカップに注ぎ、片梨さんの前に置く。

「ミルクはご自由に」

 ミルクピッチャーも添えて。

「……ありがと」

 浅野氏を仇敵のようににらみつけていた片梨さんもさすがに表情を緩めてぎこちなく礼を告げる。

 俺も自分のコーヒーにたっぷりミルクを入れながら浅野氏に尋ねる。

「お宝の捜索はもう終わったんですか?」

「ええ。めぼしいところはひと通り。すぐに当たれるような場所にはないようです。これ以上は何かの仕掛けをクリアしないと先には進めないのでしょう」

 さすが一流のソロ・レイダーだ。仕事が早い。

「空振りだったのに余裕ね」

 まだトゲがある言葉を片梨さんが投げつける。浅野氏はそれを肩をすくめるだけでやり過ごす。大人な対応だ。

「私はお宝そのものよりも謎を解くほうに惹かれるのですよ。我々をここに誘い込んだのが何者かは不明ですが、なにか目的があるはずです。自分で動かなくとも誰かがその引き金を引いてくれるなら、私はただそれを待てばいいというわけです」

「ずるい大人の考えそうなことね」

「それにロスト・アセットなら二つほどこの部屋にあります。残念ながら結界に守られていて手が出せませんが」

「なんですって」

 片梨さんが腰を浮かせる。そうだ、優雅にコーヒー休憩している場合じゃなかった。お宝を一つでも多く手に入れるのが目標だったんだ。リストにあったロスト・アセットは全部で十五。さきほどの自己紹介で挙がらなかった名前は――


 掉尾天目茶碗ちょうびてんもくちゃわん

 理髪師の小瓶

 夢幻演奏

 羊脂玉浄瓶ようしぎょくじょうへい

 影蝕鏡

 幻燈少女

 金蛇の錠前


 ――この七つだ。名前だけしかわからないけど、この中で該当しそうなのはどれだろう?

 ぐるりと書斎を見渡し、一番目を惹くものに近づく。蓄音機だ。

「結界があるわね」

 触れようとすると結界に阻まれて手が出せない。

「これはきっと『夢幻演奏』だよな」

「これじゃ持って帰れないじゃない」

「ほかには……」

 マントルピースの上に二つ、乳白色の瓶が並んでいる。白く濁った半透明の薬瓶のような形状で飾り気のないシンプルなデザインだ。鏡の前に置かれたそれらはやはり結界で守られており、手に取ることができない。

「これ、『理髪師の小瓶』かな」

「それは『羊脂玉浄瓶』ですね」

 浅野氏が円卓から声をかけてくる。

「は?なんでわかるのよ」

「羊脂玉というのは最高級の白いヒスイのことです。古代中国では金よりも貴重とされた宝石の一つでした。その瓶には白ヒスイ特有のしっとりとした光沢があり、わずかに半透明で奥行きを感じさせるとろりとした質感が見られます」

「しっ、知ってたわよ」

 これ、絶対知らなかったやつだ。

「『羊脂玉浄瓶』という名前が何に由来するかご存じですか?」

「う、」

「明代の中国の小説『西遊記』で銀角が所持した法具が『羊脂玉浄瓶』です。蓋を取り名前を呼ぶと相手を瓶の中に吸い込んで閉じ込めてしまうというものです。金角の持つひょうたんのほうが有名ですが、ほぼ同じ機能を持ったレリックだと伝えられています」

「物語の中の話でしょう?」

「ええ。ですが、物語にはモデルとなった真実が含まれることが多々あります。その逆に物語をモデルにして作られたレリックもまた多数存在します。山下氏が所有した『羊脂玉浄瓶』はそのどちらなのでしょうかね。ふふふ。興味が尽きません」

 楽しそうに笑う浅野氏は本当にロスト・アセットそのものに興味があるようだ。そういうレイダーもいるんだな。俺自身のモチベーションもどちらかというとそちら側なので共感するものがある。

「それで、結界が解けるきっかけを待っているっていうことなんですね」

「そうですね。これは私の勘にすぎないのですが、その封印は一人では解けないものではないかと考えています。この館へと導く入り口は複数用意されていました。入るためのカギも。それらを勘案すると、このを組み上げた人物は我々全員に何らかの儀式を執り行わせたいのではないかと想定されます」

「罠、ですか」

「そう、罠です。それとわかっていても喰いつかずにはいられない甘い餌を用意した罠ですね。我々はその罠に見事に引っかかった蟻なのです」

「ふん、そうだとしたら、あたしが返り討ちにしてやるわ」

「勇ましいのは結構ですが、相手の出方がわかるまでは体力を温存したほうがいいですよ」

「だからあなたはそこでくつろいで待つことを選択した、というわけですね」

「そうです。石守君もいざというときに備えて待機することをお勧めしますよ」

 罠と予想しつつくつろいで待つことを選択する。なんと大胆な。一流のソロ・レイダーの胆力を見せつけられて、俺はこの道の奥深さに震えた。


この館に呼び込まれた意味を考察しつつ、英太たちは次の動きを待つことに。油断なく、だが余裕を保ちつつ、ゆっくりと時間は過ぎていく――

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