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Ep6-20 それぞれの入り口へ

ロスト・アセットとともに残されたメッセージに導かれソロ・レイダーたちがそれぞれ手にしたスライドが未知への扉を開く――

 誰の目に留まることもなく浅野は大コーニスの縁をゆっくりと歩く。

こんとはすなわち未申の方角。この建物の南西の角。獅子頭はまあ、そのまんまですね」

 南西の角から垂らした糸でコーニスの下に等間隔で並ぶライオンの頭部を象った彫刻のひとつの前に立つ。口の中に手を突っ込みしばらく探った後、パラフィン紙に包まれたガラス板を取り出した。屋根の上に戻った浅野は包み紙を破りガラス板を確認する。

「古い幻燈機のスライドでしょうか。ここに映っているのは……なるほど」

 合点がいったのか、浅野は満足げな表情で髪をかき上げる。

「さて、この扉の向こうには何が隠されているのでしょうか。興味深いですね」


 ***


「ちっ、何人集めやがったのか」

 雑魚をどれだけ集めても暴力的な意味で脅威にはならないが、隠密行動をとりたい軒端にとっては厄介な状況だった。彼はレイダーだったが今回のレイドにはエントリーしていない。アリバイを用意したうえで『未済報告書』を盗み出すことが目的だった。

 彼は今、丸の内口のエリアに囚われていた。オフィス街は内部構造こそ複雑だったが、各ブロックが広い道路で隔離されている。高層ビルは基本的に外を伝って移動することができないし、飛行手段でも持たない限り屋上を移り渡ることもできない。致命的なのは西側に皇居のお堀が控えていることだ。道路封鎖をされて皇居側は完全に逃走ルートをふさがれている。縦横無尽に見える地下街も結合点を押さえられてしまえば見つからずに通過することはほぼ不可能だ。捕まりはしないが自分の存在が知られた時点で軒端としては作戦は半分失敗と考えている。いまも地下街の張り込みポイントを迂回するためにオフィスビルの上階を移動してどこかに穴がないか探っている最中だ。

「ここは和室……茶室になっているのか」

 きっとオフィスビルの中に設けられたカルチャースクールか何かなのだろう、そこは本格的な茶室が設えられていた。ふすまを開け畳の間に上がる。障子戸やにじり口があり、どこか見たことがある景色だ。いや、違う。つい最近どこかで同じ景色を見た。

 茶室の一辺は土壁になっており、左の端にアーチ状の入り口がぽっかりと口を開けている。火灯口かとうぐちと呼ばれる形式の出入り口で、茶道の世界では亭主が出入りするための茶道口として設置されることが多い。侘び寂びの風情が、深夜の暗闇の中では冥府への入り口のように見える。

 記憶の中でガラス板に写った入り口の映像と重なる。

 軒端がベストの胸ポケットからガラス板を取り出し目の前の景色と見比べる。ピタリと一致した。同時にガラス板が持つ量子回路に共鳴を感じ取る。軒端は直感に従って量子位相観測機ソナーを茶室の中心にセットし火灯口の前にガラス板を掲げて立つ。数秒の待機時間のあと不可視の光線の走査が通り過ぎ、火灯口の向こう、土壁に隠された通路から明かりが漏れ出す。

 軒端は火灯口をくぐり、土壁の向こうに消えていった。


 ***


「ここがさっきのスライドの場所?木の扉なんてないじゃない」

 地下鉄の出口を出て日比谷通りに出た俺たちは道路封鎖をしている黒ずくめの男たちの目を盗んで街路樹に身を隠しながら目的の扉の前に来た。ガス灯は昼間の記憶通りだったが、鉄製の外扉が閉まっていてスライドで見た優雅な木製の大扉は見えない。

「昔のシャッターみたいなものかな。開けてみよう」

 俺が鍵穴を探して苦戦しているとき、インカムに呼び出し音が鳴った。

「ユナ?どうしたの?」

『今回のレイドに関して重要な情報を入手したの。影響が大きいから緊急で連絡したのよ』

 海外からコールするなんてよほどの緊急事態なのだろうか?

『レイドのターゲットに『地獄銭』が含まれている可能性があるわ』

 三人で目を合わせる。

「うん、聞いてる。オカルト業界では有名なアイテムなんですよね」

『どこでそれを?いいえ、そんなことはあとでいいわ。問題は『地獄銭』はCROWSが執拗に探しているロスト・アセットということよ。彼らは『地獄銭』を手に入れるためならルール破りも辞さないわ。今回は相手に大怪我をさせることが禁止されているけれど、連中は『地獄銭』を奪うためなら殺人も躊躇しない。桔花ちゃん、英太くん、悪いことは言わないわ。巻き込まれる前にリタイアしなさい。レイドに命を懸けるほどの価値はないわ』

「ユナさん、それは……」

 俺がそのとき何を言おうとしたのか、今となっては覚えていないし何を言ったとしても結果は変わらなかったと思う。

 チュン。

 弾丸が歩道に当たって明後日の方向に跳ねる。

 三人が思わず頭を下げる。

「あいつら。銃は禁止なのに!」

 数十メートル先から男たちがこちらに向かって走ってくる。

 俺は銃弾を避けるために空気の障壁を展開する。建物の入り口周辺を含んで展開された術式が共鳴し、手に持ったスライドが熱を帯びる。

「見てください、入り口が……」

 黒鉄の外扉に隠されていたはずの内扉が浮かび上がる。いや、外扉と重なって存在しているかのようだ。

「これは……」

 俺は外扉を透かして見える内扉に手を伸ばす。真鍮の取っ手を握って引くと、映像のはずの内扉が滑らかに開く。

「どうなってんの?痛っ」

 片梨さんが触れようとして手を伸ばすが内扉には触れられず、鉄製の外扉に指をぶつけて顔をしかめる。

「お嬢さんはロスト・アセットを持っていないのですか?」

「はい」

「あいつに盗られたのよ。忌々しい」

 片梨さんがブーツのレリックを奪った浅野に毒づく。

「ロスト・アセットを持たない者は結界の中に入れないと聞いています。事実だったんだ……」

「そんな」

 走り寄る男たちがもうすぐそこまで来ている。拳銃弾程度なら猿島要塞攻略で鍛えた空気の障壁を越えられる心配はない。だが障壁の中にいつまでもこもっているわけにはいかないし、ユナさんの言葉を信じるならレイドが終わったからと言ってCROWSがあきらめるとは思えない。

『桔花、英太くん、何が起きているの?』

「ユナさん、遅かったようです。CROWSに囲まれて銃撃を受けてます」

 どうする?両手を挙げて完全降伏すればそれ以上身の危険はないと思うけれど……。

「降伏なんてまっぴらよ。あっちがその気なら、全員黒焦げにしてやるわ!」

 片梨さんが獰猛な笑みを浮かべる。いけない。都心の、しかも皇居の前でそんな事件を起こしたらさすがの運営でも隠蔽しきれないだろう。

「みなさん、この中に行きましょう。連中は入って来れません」

「けど、桔花が……」

 桔花を見捨てて逃げるなんてするわけにはいかない。

「私はロスト・アセットを二つ持っています。ひとつお貸ししましょう」

「えっ、二つも持ってるの?オジサンどんくさそうなのに」

 驚くポイントはそこじゃないだろう、桔花さん。

「いいんですか?」

「結界を通り抜ける間貸すだけです。念のために証文も書いてもらいます」

 白田さんが万年筆を片梨さんに手渡し、ノートの切れはしと思われる折りたたんだ紙に片梨さんの名前を書くように促す。

「面倒ね」

「すみません、フリーライターの性といいますか。個人事業主としてやっていくには貸し借りをきっちり記録する必要があるんです」

 情けない愛想笑いで頭をポリポリとかく。

「はい。これでいい?」

「はい、結構です。ああ、万年筆はそのまま持っていてください。それがロスト・アセット『主筆の手跡』です」

「あら、いいの?けっこういい品じゃない」

 キャップの先端に金象嵌で描かれた奇妙な幾何学模様を指でなぞり、なるほどねと独り言ちている。

「それはもう、大正時代の富豪のコレクションですから」

「おっと、無駄話している暇はありませんよ。片梨さん、入れるかどうか試して」

「いけるわ。英太もすぐについてくるのよ?」

「ああ。さ、次は白田さんが入ってください。俺は障壁の展開があるから一番最後で」

「わ、わかりました」

 襲撃されていることを思い出し、白田さんがおどおどと焦りながら入り口を越える。

 二人の背中が不思議に遠ざかる。

『英太くん?何をしているの?桔花ちゃんの反応が消えたわ』

「ユナさん、緊急退避します。大丈夫。CROWSは追って来れません」

 それだけ言うと俺も揺らめく内扉に飛び込んだ。

 背後の風景が急激に現実味を失い、遠ざかっていく。

 CROWSが銃弾を通さない障壁に業を煮やし、乗用車で突っ込んでくる。英太が残した障壁が乗用車の前半分をぺしゃんこに押しつぶし、建物への被害を防いでパリンと砕けるようにして消えた。

幻燈機のスライドが導く先は、埋蔵金の隠された墓所かそれとも――

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