Ep6-19 鍵の示すところ
中庭に倒れていた白田からこのレイドに隠された謎があることを知る英太たち。埋蔵金にたどり着く手段は――
「鍵?これが?」
ステーションギャラリーで収得した懐中時計を取り出す。
「ほほう、ロスト・アセットを入手していましたか。『悔鳴懐中時計』ですね」
記者魂が疼くのか白田さんが俺の持つ懐中時計に手を伸ばしかける。が、片梨さんの警戒する目付きに誤解を招きかねないと気づいたのか手を止めた。
「もちろん、そのロスト・アセットがはまる鍵穴があるという意味じゃありません。埋蔵金を隠す結界に入り込むための通行証の役割があるということなんです」
「通行証?」
「はい。埋蔵金を守る結界の前に立ったとき、山下氏のコレクションにあったロスト・アセットを持つ者だけが結界の中に入れるとか」
「なるほど、それで鍵か」
「それで、肝心の結界の入り口はどこにあるのよ?」
「ロスト・アセットといっしょに入り口へとつながるヒントが提示されるはずなんですが……」
「ヒントかぁ。あそこには懐中時計しかなかったけどな。あ、そういえば懐中時計の収納袋があった」
紫色の手触りのいい収納袋を開けて中を改める。丁寧に折りたたんだ紙片が内側に張り付くようにして入っていた。
「そういう大事なものは見つけたらすぐにチェックしなさいよ」
片梨さんが自分を棚に上げてレイダーの心得を説いてくる。確かにそうだけど、あのときは敵が迫っていて……って、俺が不用意に悔鳴懐中時計を起動したせいでした。すんません。
俺が取り出した紙片を広げて目で追っていると横から覗きこんだ片梨さんが声に出して読み上げた。
「天の高みの金字塔……古き異国の神殿……翼広げし凰……。なにこれ、ポエム?」
「古き異国の神殿って籩豆堂美術館の入っているビルみたいだな」
俺は下見のときに見上げた立派な柱頭の列を思い出していった。
「なら翼広げし凰って丸の内駅舎のことじゃない?」
「そうか。この詩は入り口のヒントになっているだ。ここに出てくる場所を巡るのか、あるいはその場所に行けば結界の入り口があるのかもしれない」
でも今からステーションギャラリーに戻るのはリスクが大きすぎる。ここまで来る途中、一般が入れないはずのレイドエリアの中に多くの人の気配を感じた。ロスト・アセットを探しているというよりは俺たちのようなロスト・アセットを持つ者を待ち構えているような。
「轂というのは車輪の軸のことですね。褥というのは寝床のことですから隠し場所という意味でしょうか……」
「!」
白田の考え込むような言葉に俺は片梨さんと目を合わせる。
「あれよ!」
「あれか!」
「どうしました?」
「丸の内駅舎のドームで偶然レリックを見つけたんだ。ドームの天井の八角形の円が車輪の形に見えなくもないし、条件に合うよ」
「そんなことどうでもいいから、早くあの包み紙を出してよ」
ウエストポーチからパラフィン紙に包まれたガラス板を取り出す。包み紙を破らないように注意して開く。中から出てきたガラス板にはマホガニーの重厚な両開きの扉が写っていた。扉上部の無目の部分には錬鉄製の装飾が意味ありげな曲線を描いている。だが一番特徴的なのは左右の壁に据えられたガス灯だ。
「これは……」
「あそこですね」
「ええ、間違いない。籩豆堂美術館の玄関扉です」
俺と白井さんは目を合わせてうなずく。
ピンと来ていない片梨さんが不満気にいう。
「男同士でわかりあってないで、そこに行きましょうよ。すぐ近くなんでしょう?」
ロングコートの男がアトリウムの天井に立ち、眼下で道路封鎖を行っている黒ずくめの男たちを一瞥する。
「ソロ・レイダーの矜持を捨てた連中には子供の相手がお似合いです」
浅野は桔花から奪った片足だけのブーツを懐から出してチェックする。
「『軍靴の片足』はオークション対象外ですが、そこがいい。お宝をただ売って儲けに喜ぶのは二流です。このロスト・アセットの真価はさらなる未知のお宝へと導いてくれるその機能にこそあります。価値ある宝は価値ある持ち主を求めるといったところでしょうか。ふふふ。おや?」
ブーツの中から丁寧に巻かれた薄紙が現れる。浅野は薄紙を広げて月明かりで文字を読み取るとさらに笑みを広げた。
「なるほど。二番目の隠し場所は目と鼻の先ですね」
アトリウムのさらに上にそびえる歴史的建造物。その七階部分に大きく張り出すコーニスと呼ばれる部分に目線を送る。すっと伸ばした指の先から月明かりにわずかにきらめく細い糸が繰り出される。
浅野は静かな笑い声を残して影に吸い込まれるようにして消えた。
三矩一号館美術館に向かう地下通路には要所要所に配置され網を張る黒ずくめの男たちが互いに連絡を取り合っている。
「こりゃあ三矩一号館美術館は完全に包囲網の中だな」
複雑に入り組んだ地下街のくぼみに身を隠したショーがつぶやく。いつものコンバットスーツではなく特徴のない黒い服に目出し帽をかぶっている。一見するとCROWSのメンバーと区別がつかない格好だ。
「漣にはやりすぎるなと言われちゃいるが、さてね」
左腕には下半分に拳銃のような握りと引き金を備え腕の長さほどのレールの先端にU字型の金具の付いた得物を装備している。ゴムを動力としたスリングライフルと呼ばれる武器だ。
不用意に一人で通路の偵察に出てきた黒ずくめの男に向けてショーが弾を射出する。頸部を後ろから撃たれた男は硬直して倒れた。
「とりあえずこちら側を手薄にして退路を確保してやるか」
ショーは物陰伝いに歩みを進めて一人、また一人とCROWSの構成員を片付けていく。
「まったく、正面からサポートするより骨が折れるぜ」
「C1班から定時連絡がないな」
「ちっ、思ったよりできる連中が相手の中にいるようだ」
CROWSの構成員たちがヘッドセットの専用回線を使って連絡を取り合いながらゆっくりと移動を続けている。一見、ひとりひとりがバラバラに行動しているように見えるが、俯瞰してみると抜け穴の無い包囲網がゆっくりと口を閉じるように動いているのが分かる。
「『ネズミ』からロスト・アセットの収得よりも敵の妨害を優先するように指示が出ている」
「けっ、リーダー気取りかよ」
「しょうがねぇ。いま所在の判明しているヤツを襲撃するぞ。ここから一番近いポイントは三矩一号館美術館だな」
「あそこは地下に抜けるルートが中庭しかない事実上の袋小路だ。包囲して一気に叩く」
『待ちなさい』
「ああ?誰だ?専用回線に割り込んでくる不届き物は?」
『彼らは私の獲物だと通達したはずよ?手を出さないで』
「女が割り込んできてほざいてんじゃねえ」
「よせ」
「なんだよ」
「コールサインを見ろ。幹部だ」
「げっ、『ミミック』」
『もう一度だけ言うわよ。手を出さないで』
「しかしですね、我々も『貪狼』さんの指示で動いてまして」
『関係ないわ。警告はしたわよ。手を出したらどうなるか、保証はしないから』
「くそっ、接続が切れた」
「どうする?」
「どうするもこうするも、俺たちは直接『貪狼』さんからの指示を受けてるんだ。それを無視するわけにはいかんだろう」
CROWSはもともと一枚岩ではない。十二名の幹部による合議制をうたっているが、現場での対立は良くあることだった。CROWSの構成員は躊躇したが、最終的には直接の依頼者の指示を優先することにしたのだった。
英太たちは気づいていなかったが、CROWSの内紛による混乱が包囲網に隙を作りショーが用意した退路を伝って地下鉄連絡通路方面へと抜け出すことに成功した。
密かにサポートしていたショーのおかげで包囲網から抜け出した英太たちは埋蔵金につながる入り口を求めて走る――




