Ep6-18 三矩一号館美術館階段手摺(2)
ロスト・アセットを手に入れたレムナンツ・ハンズは同時に謎のガラス板を手に入れる。季が鍵穴と評したガラス板の意味とは――
「こりゃいいや。泥棒やスパイにとっては喉から手が出るほど欲しい逸品だよ。これ、ボクがもらっていいかな。保留していたレリックの選択権を使います」
「ああ、構わんよ。実際、倣介じゃないと見つけられなかっただろうしな」
レイダースのチームリーダーがそんな無欲で大丈夫か、とソロの倣介は思ったが口には出さなかった。
「そんで、何が出て来たんだ?そんなに厳重に隠してたんならお宝に違いねぇ」
倣介がパラフィン紙を器用に開けると、中からどこかの古い建物の入り口を写した写真かスライドの一コマのような物体が現れた。
「なんだこれは?」
「さあ、何でしょう。でも微かに量子回路の存在を感じるなあ」
「じゃあ、コイツもレリックか?」
ケイタがひょいと摘まみ上げて明るいほうにかざす。
「こら、ばか。ガラスなんだから丁寧に扱え。落っことして割れたらどうするんだ」
「落っことさねぇよ。で、どうなんだよ?トオノ、何かわかんねーか?」
「うーん、どこかで見たことがあるんだよなぁ」
「本当か?」
「どこで見たんだろう?つい最近見たんだけど……」
「なんだよ、勿体ぶってないで早く思い出せよぉ」
「つい最近っていつだよ。昨日か?」
「いや、このレイド中だよ。どこだっけなあ?」
「レイド中って、こんなアーチ状の入り口なんてこの建物くらいしか見てない……あっ!」
「あっ!」
トオノとケイタが同時に声を上げる。
「この建物の半地下の入り口だ!」
「幻燈機!八重洲口地下街にポスターが貼ってあったやつ!」
「は?」
「へ?」
「いや、その写真の場所だろ?ここに入るときに脇にあった半地下部分の入り口そっくりじゃないか」
「僕が思い出そうとしていたのはそのガラス板そのものさ。それは幻燈機のスライドだ。それも写真フィルムが発明される前の時代のやつ」
「ちょっと待って、整理しようよ。ケイタはそのスライドがこの建物の入り口のひとつを写したものだって言ってて、トオノはそのスライドが幻燈機にかけるコマだっていうんだね。あってる?」
「ああ」「その通り」
「で、ボクはそのスライドがレリックだという確信がある。試してみよう」
「何を?」
「なるほど」
ケイタとトオノで真逆の反応が上がる。
「つまりね。スライドに写した扉が何かのヒントならその場所に行ってみようってことさ。そしてそのスライドがレリックならその場所で量子回路を起動してみればいい。この場合、たぶん光源に量子結晶を使用した光をスライドに浴びせれば何かが起きるはずさ」
「おお、そういうことか。なんだか謎解きみたいで面白れぇな」
「ああ、ワクワクしてくるね。ね?」
「あ、うん。楽しみだよ」
「なんだよ、倣介。ノリが悪いな。おまえが言い出しっぺなんじゃないか。緊張してんのか?」
「あはは、そうかな。そうかも。とにかく試すなら急いだほうがいいよ。リーダーも邪魔が入る可能性を指摘していたし」
「そうだ。こういうランドマークになるような場所には長居は無用だ。とっとと出発するぞ」
「「「了解」」」
中庭に出るとカサギの胸が妙にざわついた。草木があるとはいえ都会の真ん中の人工的な庭だ。それほど多くの生き物が生息しているわけではなく、いわゆる敵の気配を感じさせるような不自然な沈黙を感じ取れる環境ではない。が、何か真綿で首を締めるような緊迫感がカサギの腕の産毛を逆立たせる。
「ここだな。トオノ、とっととやってくれ。メイ、俺のそばに居ろ。……メイ?」
建物を出るまではいっしょにいたはずのメイの姿がない。
「俺の勘もまんざらじゃねぇってことか」
銃は使えないので打撃武器を用意する。伸縮式の特殊警棒だ。
ケイタがスライドを掲げ、少し離れた位置からトオノが量子結晶を使ったハンドライトのようなガジェットを起動する。本来の使い方は別にあるが、今のように光源として使用することもできるものだ。
「ちっ、来やがった。早くしろ」
カサギが目を配る。公園の三方向から黒ずくめの男がじりじりと距離を詰める。一人一人では対抗せずに全員で囲んで一網打尽にする作戦だ。
「全員引き連れての一点突破は無理か」
「ちょい待ち。おっ?」
半地下になった貯蔵庫のような扉の上にスライドの写真が小さく映る。寸分たがわぬ縮小された扉の映像が見る者の意識の中で大きく膨らみ実際の扉に重なっていく。
「これは……」
現実の扉の上に幻燈スライドが写されたころの姿が重なり妖しく揺らめく。扉の木肌や金属部分が真新しく見え、上質な素材で丁寧に作られた建具のしっとりとした美しさを放つ。
倣介が腕を伸ばしてドアノブをひねり押し開ける。中は明らかにこことは違うどこかの地下の匂いがした。
「全員、中に入れ。どこかに逃げ道があるかもしれん。最悪、レイド終了時刻まで守りきれば俺たちの勝ちだ。なんせ二個もロスト・アセットを入手しているんだからな」
「わかった」
「リーダーも早く来いよ」
「映写を止めてどのくらい状態が持つかわかりません。気を付けて」
それぞれがカサギに向けて言葉を投げて扉の中へ入る。
続いてカサギも飛び込もうとして、見えない壁にぶち当たる。
「おい、どうなってんだ?」
目の前の光景は奥へと通路が続いているのに、空を叩く手の感触は閉じられた扉を叩くそれと同じだった。
どこか現実味の無い幻想のような光景の中を三人の背中が凄いスピードで遠ざかっていく。
三人は歩いているのに!
やがて電池が切れるように映像は消え、カサギの目の前にはもともと開いたことがなかった扉が立ちふさがっていた。
「おっさんは立ち入り禁止ってか?年齢制限だったら傷つくぞ」
小声で愚痴りながら追い込んでくる黒ずくめの男たちに目を配る。
「まあ、しゃーない。一人なら何とか逃げ切れるか。不幸中の幸いだな」
そうしてカサギは植込みの陰にしゃがみ込んで襲撃者から姿を隠す。ときおり揺れる植え込みを包囲した黒ずくめの男たちがとびかかろうと回り込んだが、そこには誰もいなかった。
「ちっ、逃がしたか」
黒ずくめのリーダー格の男が舌打ちをする。
無言の合図で残りのメンバーはすぐさまその場から去って次のターゲットに向かった。
幻燈機のスライドが映し出す映像が現実の扉と一致するとき、秘密の通路の入り口が開かれる――




