Ep6-18 三矩一号館美術館階段手摺
三矩一号館美術館に到着したレムナンツ・ハンズ。そこはすでに英太と桔花が忍び込んだあとだった――
京葉線地下丸の内口から三矩一号館美術館のあるオフィスビルにつながる地下連絡通路を進む。美術館自体は地下道とつながっていないからこの建物に入るには中庭を経由するしかない。
「あれ?」
中庭に入ったところで倣介が少し上の方に目線をやって足を止めた。
「どうした?」
先行していたケイタが目ざとく気づいて止まる。
何かに触れるように手を伸ばしていた倣介がケイタの声に手を止めて表情を緩める。
「いや、何でもないよ。気のせいだった」
そのまま進んで美術館に近づく。
「何だこりゃ。もう鍵が開いてるぞ」
「先に来たやつがいるんだね。まだ中にいるかな?」
「どうかな、人の気配は感じないけど……あー」
「どした?さっきから変だぞ」
「えーとね、術式の痕跡を見つけたんだ。さっきも中庭で見かけてあんまり気配が薄いんで気のせいかと思ったんだけど、ここにははっきり残ってるね。見て、目に見えないくらい細い蜘蛛の糸みたいなものが張り巡らされた痕跡がある」
倣介が示した場所を目を凝らして見たがさっぱり見えない。とはいえ、レムナンツ・ハンズでは倣介が一番術式適性が高い。他のメンバーに見えないものが見えているのだろう。
「ちっ、ならここはもうめぼしいものは残っていないか」
「そうでもなさそうだよ。上階への階段には痕跡がない。一階部分に用事があったか戦闘があったか。どちらにしても上の企画展示室は手つかずの可能性がある。見に行こうよ」
「ソロ・レイダーの勘ってやつか。当てにしていいんだな?」
コクリと倣介がうなずく。
「よし、いこう」
上階の企画展示室は今週から新しい展覧会が開催されていた。『丸の内・近代ビジネスマンのくらし展』というタイトルで、かつてこのあたりが一丁倫敦と呼ばれたオフィス街だったころのビジネスマンの服飾や生活にフォーカスした展示だ。
当時のビジネスマンが愛用した小物、いわば最先端のファッションが展示されている。
中央に立つマネキンは仕立てのいい三つ揃えのスーツをまとい、エボニーのステッキを肘にかけ、山高帽を被っている。ベストのポケットからは懐中時計のチェーンが垂れている。
「パイプにシガレットケースにマッチケースか。どれも純銀製だな。当時のビジネスマンはそんなに金持ちだったのかね」
カサギがなぜか嫉妬の滲んだ声でつぶやく。
「万年筆と鼻眼鏡もありますね。ロスト・アセットのリストにそんな風なの、なかったでしたっけ?」
「『悔鳴懐中時計』『主筆の手跡』『よすがの名刺入れ』『影蝕鏡』、くらいですかね」
「懐中時計とか名刺入れは分かるけどよ、『しゅひつのて』ってのはなんだ?」
「はっきりしないですが、たぶん万年筆ではないかと思われます」
「なるほど、あるな」
ケイタが万年筆を手に取る。が、特に変わるところがない。
「僕は懐中時計ね」
トオノが役得とばかりに骨董品の懐中時計を手に取り、ほうほうとか、なかなかと相槌を打ちながら細部を確認している。どうやらロスト・アセットを探すという目的を外れて趣味に走っているようだ。
リーダーが銀製の小物類を、メイが手鏡を手に取ってそれぞれ調べる。
倣介は耳に掛けるつるがない鼻に乗せるタイプの眼鏡を手に取った。その瞬間、指先が量子回路の存在を感じ取る。そのまま顔に近づけて覗き込む。確かに量子結晶を消費している感覚はあるが、視界に特別な作用はない。
「ありました。これ、レリックです。機能は分からないですけど」
これがもしリストにあるロスト・アセットだとしたら、消去法で『不可視哨』が該当すると思われるが、どのような効果があるのかわからない。不可視というからには見えないものが見えるのだろう。が、見えないものがある場所に目星をつけるなんてどうすればいいのやら。
倣介は取り合えず鼻梁に眼鏡を引っ掛けたまま、しばらく過ごすことにする。
「他はなさそうだな。まあ、一つ見つかったなら上々だ。あまりひとところにいると例の連中が追ってきかねないからすぐにここを出るぞ」
「了解」
階段を駆け下りる。大理石のような乳白色の色味の石造りの階段手摺が目に入る。一部分だけ色が違うのは、元の建物を解体する際に撮り置かれた手摺の部品を使っている部分だそうだ。
「おや?」
またしても倣介が声を上げて全体を引き留める。
「今度はなんだ?」
「いや、そこの手摺り」
「ああ。色が違う部分は創建当時の部品をそのまま使っているそうだ」
「ええ、それはボクも知っているんですが、そこの柱部分の外側に光る部分が見えて」
「は?どこも光ってねぇぞ?」
「月明かりでも見間違ったのかな?」
館内の照明は消えているから本当に光ったのならほかにも気付いたメンバーがいたはずだ。倣介は鼻眼鏡をはずして見た。手摺りの柱に特別なところはなかった。だが、鼻眼鏡を通してみると、走の外側に四角く光る部分が見える。これはこのレリックの機能に違いない。
「このレリックの機能のようです。ちょっと待って。ここの隙間に爪を引っ掛けて……」
隙間や切り欠きなどは見えなかったが、確かに倣介の指が引っかかる。すぐに石造りの柱の表面に十センチくらいの長さのスリット状の開口部が開く。
「中に何か……。よいしょっと」
創建当時の手摺りの柱からパラフィン紙に包まれたガラス板が出てきた。
「おお」
「これでこいつがロスト・アセットだって照明されましたね。このメガネ、『不可視哨』に間違いないです。
『不可視哨』
明治後期、観測将校向けに秘密裏に開発された監視用レリック。
覗いている間だけ、視界内の「注目されていないもの」が強調表示される。
敵そのものではなく、見落とされた入口、誰も気にしていない人影、忘れ去られた設備などが浮かび上がる。
〔つづく〕




