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Ep6-15 三矩一号館美術館歴史資料室(2)

突然現れた男に英太たちは体の自由を奪われてしまう――

「くっ、動けない。どうなってるの?」

「糸だ。見えないくらい細い糸が絡み付いてる」

「ほほう。この糸が見えるのかい、少年。術式適性が相当高いようだ」

「糸なんか炎で焼けば」

「おいおい、貴重な歴史的建造物に火を付けないでくれたまえ。今回のレイドでは建物に傷をつけるのは禁止だよ。あー、きみ、それを私に渡してくれないか」

 身動きできなかった俺の体が浅野と名乗る男の一言で動き出し、片方だけのブーツをつかんで男に差し出す。

「ちょっと、英太。何やってんの?むざむざと敵に渡すなんてあたしが許さないわ!」

「違うんだ。体が勝手に動いて」

「くっ」

 片梨さんの瞳が屈辱に黄色く燃え上がる。

 次の瞬間、片梨さんの体が朱色の光に包まれ、瞬間、近寄りがたい熱を発する。

「!」

 片梨さんが低い姿勢で浅野にとびかかり、鋭い抜き手が喉ぼとけを狙ってまっすぐに伸びる。自分の体表を高温に上げて浅野の糸を焼き切り拘束を解いたのだ。

 そのままだと浅野の喉を貫きかねない手刀の行く手を俺の手が塞ぐ。

「ちょっと、英太。なんでそいつを庇うの?大丈夫よ、殺さない程度に手加減するから」

「違うんだ。体が勝手に」

「そう、君は悪くない。すべては私の制御下にあるんだよ」

 次々にくり出される片梨さんの攻撃を俺の体が邪魔する。

 俺は浅野と名乗る男に操られる人形のように、自分の意志に反して片梨さんを邪魔して浅野を守るような動きをしてしまう。

「ふふふ」

 涼しい顔で浅野が笑う。

「ちっ。英太、覚悟を決めなさい!」

「わかった。構わずやってくれ!」

 片梨さんの右手に高熱が宿り、白い輝きを放ち始める。

「おっと、仲間を見捨てるのかい?これだからレイダーというヤツは信用出来ない」

 浅野が浮かべ続ける笑みを無視して片梨さんの白熱する抜き手が浅野の顔面に向けて突き込まれる。

 俺は浅野に操られてその射線上自ら突っ込んでいく。

 ぱあぁん

「あぶしっ」

 片梨さんの左手が俺の頬に炸裂し、反対方向に押し出すように張り倒す。

 同時に浅野を狙っていた右手刀が俺の頭上を空気を切り裂くように薙いでいく。

 俺は横ざまに吹っ飛び、文字通り糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。

「そちらのレディはなかなかやるようだ」

「いつまでも余裕ぶってんじゃないわよ。あたしがどの程度できるか、あんたの体に教えてあげるわ」

「ふふふ。レイドの縛りで全力が出せないのは私も同じだよ。全治一週間以上の傷害は禁止。なかなか厄介だよね。だけど、逆に言えば怪我さえさせなければどんな手を使ってもOKということさ」

 浅野が薬品の入ったアンプルを床に叩きつけ、白い煙が室内に充満する。

「目くらましごとき……うっ、なに?」

「君のような反則級の術師を無傷で黙らせる一番の方法さ。一息吸い込むだけで体が痺れ、二息吸い込めばすやすやと心地よい眠りを約束するよ」

 浅野の声が白い煙の中でぼやけるように響く。

 どさりと体が崩れ落ちる音。

「ふふふ。後遺症は残らないから安心してくれたまえ」

 白い煙を踏み分けて浅野が床に落ちた片足だけのブーツをつかみ取る。その顔面にはいつの間にかガスマスクが装着されている。ガスマスクのレンズ越しにブーツを検分し、独り言ちる。

「ふむ。『軍靴の片足』で間違いないだろう。知っているかね?このロスト・アセットはいて眠ると目覚めたときに『昨日いた場所』に戻るという機能があるが、本来の使い方ではもう片方の靴のある場所にたどり着く物らしい。そして失われた片足は某財閥の隠し財産、すなわち埋蔵金とともにあるという。なんともロマンを掻き立てるレリックではないかね?」

 大仰な手ぶりでひとしきり話して満足したのか、浅野がフッと笑って手を下ろす。

「聞く者もいないのに語ってしまうのは私の悪い癖だな」

 薄れてきた煙の中できびすを返そうとする浅野の顔に白い手が伸びる。はっ、と反射的に身を引いた浅野の顔からガスマスクがはぎ取られる。咄嗟に口元を抑えながら浅野が驚愕に目を開いて言った。

「きさま、どうやって!?」

「さあて、どうやったんでしょう?」

 ガスマスクを握りつぶして床に投げ捨てた桔花がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。よく見ると桔花の体の周囲に薄い空気の膜が形成されており、ガスの侵入を防いでいた。

 英太の術式だ。ガスが充満する一瞬に、猿島で使ったエアドルフィンの術式を応用した空気のスーツを形成したのだ。

「ちっ」

 しかし浅野はそれ以上長居をせずに背後の通用口から中庭へと逃げ出す。桔花が追うが、通路には要所要所に見えない糸が張り巡らされていて、いちいち糸を断ち切らないと先に進めない。中庭に出るころには完全に姿を見失っていた。

「ちくしょう、蜘蛛みたいにいやらしいやつだ」

 片梨さんのあとからよろよろと外に出る。頬が赤く腫れていた。

 こちらにちらりと申し訳なさそうな表情を向ける片梨さんに先んじて言った。

「大丈夫。ふらついているのはアイツの睡眠ガスをちょっと吸っちゃったからだよ」

「そうね。毒が抜けるまで少しじっとしてなさい」

 中庭にあるベンチに座って腫れた頬に術式で冷やしたタオルを押し当てる。

「……ううう」

「そんなに呻くことないじゃない。……痛かった?」

「俺じゃないよ」

 きょろきょろと周囲を見回す。隣のベンチの裏に糸でぐるぐる巻きにされた四十代の男が転がされていた。

浅野にせっかくの得物をかっさらわれてしまった英太たち。後を追うように中庭に出た英太は簀巻きにされている男を発見する――

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