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Ep6-15 三矩一号館美術館歴史資料室

ステーションギャラリーでの黒ずくめの襲撃から逃れた英太と桔花は次のターゲットの目星をつけていた美術館へと向かう――

 はあ、はあ、と荒い息をつく。

 東京駅丸の内北口から地下に入り追手を巻くように階段を上ったり下りたり通路を曲がったりして走り回ったので息が切れる。術式で身体強化をしても全力疾走できる時間は変わらない。瞬発力に術式を乗せるのは簡単だが、持久力を術式で補うのは難しい。俺のような初心者にはまだ無理だった。壁に背中を預けて座り込む俺の横で、ベテラン勢の片梨さんが俺を見下して言い放つ。

「ったく、この程度でへばるなんて英太はまだまだね」

「ゴメンて。足を引っ張ってる自覚はある」

「まあ、英太はピヨピヨのひよっこなんだから仕方ないわ。か弱いあんたをあたしが守ってあげるわよ」

 先輩風を吹かせてニヤニヤと笑う。

「うう、宜しくお願い致します」

 返す言葉もありません。ちくしょう、男として情けないが意地を張っても仕方ない。今日は甘んじて辱めを受けよう。明日は俺が片梨さんを守れるように、きっと強くなる。そう心に誓う。

「おっし、休憩終わり」

「そうね。まだ一つしかお宝をゲットしていないし。ぐずぐずしていると何も残らないわ」

 俺は現在位置を携帯端末のマップアプリで確認する。行き先を知られないように遠回りしたが、三矩みつかね一号館美術館のそばまで来ている。

三矩みつかね一号館美術館が近い。あそこの歴史資料室にあったレリックを狙おう」

「オッケー。あれ?ここって下見に来たところ?」

 地下の店舗が閉まっているので通路の雰囲気が全く違うが、確かに先週みんなで歩いたルートだった。黒服の男たちは完全に巻いたうえ、来たことがある場所にたどり着いた安心感で警戒心が緩んでいた俺たちは背後の離れた場所からこちらの様子をうかがうロングコートの男に気づかなかった。

 建物に囲まれた地上階の中庭に出る。ここは屋外で地上レベルだが、建物に囲まれた中庭ということでレイドの結界内だ。

「どこから入る?やっぱり屋根の窓?」

 三矩みつかね一号館美術館は東京駅丸の内駅舎と同じ赤レンガ造りでビクトリア朝建築の特徴を持つ。急こう配のスレート葺屋根にはドーマー窓と呼ばれる屋根から突き出た窓が等間隔で並び、横に伸びる建物のアクセントになっている。

「歴史資料室は一階なんだからわざわざ屋根に上がる意味ってないよ」

「そうでもないと思うけど、英太にアイデアがあるなら任せるわ」

 片梨さんはやっぱり高いとこが好きなんだなぁ。でもそれを口にしたらゲンコツか蹴りが飛んできそうなので口をつぐむ。

「リーダーが貸してくれた解錠用のガジェットだよ。階段室の扉から入ろう」

 鍵自体はピッキングが困難なディンプルキーになっているが、シャッターなどの侵入を防ぐ機構は歴史的建造物の再現建築という性格上備わっていない。ディンプルキーは鍵の組み合わせが数兆通りもあることでピッキングを困難にしているが、組み合わせを探すというジャンルにおいて量子結晶技術に対抗できる技術は今のところ存在していない。ガジェットを鍵穴に差し込んで起動すると手の中で量子回路の律動を感じ、すぐにガジェットの表示がグリーンに変わる。鍵を九十度ひねると抵抗なくカチリと鍵が開いた。

「便利だけどこういうのを見ると将来が不安になるよな。量子結晶が一般に出回るようになったら一周回ってドアの上にたらいを乗せる防犯装置が一般的になるのかな?」

 そうならないように運営が量子技術と量子結晶を独占して管理している。それが外向きの建前に過ぎないことはシロウト同然の俺にもわかるけれど、運営による統制と必要性を認めないわけにはいかない。

「馬鹿言ってないでさっさと先に進むわよ」

 片梨さんが獲物に集中する鷹の表情で屋内に侵入する。俺は後ろを守るつもりでついて行く。

 貸しロッカーのエリアを抜けて、資料室の裏口から中に入る。ここは外の車道に面した窓があるのでおおっぴらに照明を使うのははばかられる。例の暗視機能の付いたサングラスをかけてショーケースの鍵を開ける。鍵自体はすぐに解錠できるが、スライド式のガラス戸からロック機構を取り除く方法が分からなくて少してこずる。

「あんたは術式とか体術だけじゃなくてドロボーの技術も練習しなきゃね」

「ごもっとも」

 あらゆる点で俺はレイダーとして未熟だと感じる。リーダーやショーさんがいるとこういったことは全部やってくれるので気づきにくいことだ。リーダーが俺たちだけにこのレイドに参加するように言った理由が少しわかった気がした。

 カラカラとショーケースを開けてくたびれた革製の黒いブーツを取り出す。古すぎであまり臭いがしないのは助かる。

「うん、確かにこれはレリックだよ。量子回路を持っている感触がある」

「あんたのそういう感覚、便利だけど相変わらず人間離れしているわね」

 この術式適性の高さだけが、今のところの俺のアドバンテージだ。でも早くそれ以外の強みも磨いていかないといけない。いまはまだノクターナルのみんなが俺のペースに合わせてくれているけど、いつまでもそのままというわけにはいかない。足手まといと判断される前に一人前になるんだ。

「案内ご苦労」

 俺の決意に冷や水を浴びせるように、知らない声が背中から浴びせかけられる。

「誰?あっ!」

 素早く振り返り右手を振りかぶった片梨さんが不自然な姿勢で動作を止める。

「これは失礼、私はこういう者だよ」

 ゆっくりと歩み寄るロングコートの男が身動きを封じられた俺の胸ポケットに名刺を差し込む。そこには『トレジャーハンター 浅野凪人』と書かれていた。

〔つづく〕

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