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Ep6-13 信託博物館

レイド開始同刻、別の場所では別のレイダーたちの動きがあった――

 1時30分 大手町駅B1a番出口


 動かないエスカレーターをゆっくりと降りる靴音が無人の地下街に反響する。

「ふふふ、こういう掘割の空間は好きですよ。捕食生物の巣穴にぴったりだ」

 地下四階層にまで及ぶ複雑な重層構造を持つ大手町駅で昼間は地下深くまで光を届けるためのライトコートが、深夜のこの時間には冥府へと続く奈落のようにぽっかりと口を開けていた。

 電源の落ちた自動ドアの前に、さらりとした長髪を肩で切りそろえ夏だというのに漆黒のロングコートをまとった長身の男が立つ。ガラス扉を手で押し開け、昼間のあでやかな姿をシャッターの後ろに隠した地下飲食街をコツコツ進む。長い地下街をくねくねとたどり、また別の空が開けた空間に出る。サンクンガーデンと言うのだろうか。先ほどの竪穴のイメージとはうって変わってリラックスできる広場のようなしつらえになっており、飲食店のテラスになった空間には立木が植わっている。消失点が見えそうな超高層ビルに囲まれた空間は確かに屋外ではあったが、同時に先ほどの地下街と地続きの地下一階エリアだった。

 ロングコートの男が東側の空に目を向ける。少し先の低い位置に歴史的建造物の屋根が見える。角張ったレンガ造の壁はガラスと金属フレームで構成される真四角の高層ビル群に不思議と溶け込み、むしろこのエリアの主であると主張していた。コートの男が一週間前に訪れていた日本工業俱楽部会館である。あのとき、男が差し出した名刺には「浅野あさの凪人なぎひと」と書かれていた。

「この角度から見上げる姿も実に調和がとれています。いいですね」

 浅野はそのまま目的地に向けて地下の連絡通路を進んでいく。

 数分後、浅野は会館の中に入り込み、ボルドーワインを思わせる深い赤のカーペットが敷かれた大理石の階段を上っていた。本当の目的地は一階の道路に面したところにある信託博物館だったが、そこの保管庫の鍵が上階の執務室に収納されている。

「動乱の時代を生き抜いてきた歴史的建造物には敬意を示さねばなりません。無理にこじ開けるような野暮は致しませんよ」

 途中途中にある扉を先日コピーした鍵で難なく開錠しながら真っ直ぐに目的地を目指す。

 一般公開されていない執務室も豪奢な、だが贅沢というより威厳を感じさせる内装に包まれていた。壁に隠された金庫にガジェットを押し当ててダイヤルを回す。ガジェットに表示された黄色のバーが一ブロックずつ緑に置き換わっていく。すべての表示が緑になったところで金庫のレバーを九十度回して引くとすんなりと開いた。

 いくつかあるトレーの中から迷うことなく目的の鍵を見つけ出し、手に取る。

「おや?」

 冷やりとした金属の感触が想像していたよりも若干温もりを含んでいるように感じられた。盛夏とはいえ、日中は空調も効いていて石造りの建物はそう簡単には温まらないはずだが。

 浅野が手を止めたのは一瞬だけだった。

 手早く鍵のコピーを取り、元の場所に戻して金庫を封じる。

 浅野は痕跡を残さず再び階下へと戻っていった。


 同時刻 信託博物館保管庫


 軒端のきば鶴也かくやは時間前から建物内の従業員エリアに潜んで待機していた。レイド開始の時刻を確認し、隠れ場所から出て素早く執務室を目指す。ダイアル鍵の回転順序と数字の組み合わせ(コンビネーション)はあらかじめ入手している。軒端は金庫に取りつくとよどみなくダイヤルを回して扉を開けた。中から鍵を取り出し、手元のガジェットにセットしてコピーを作成する。一分ほどで出来上がった複製鍵を確認し、金庫を元の状態に戻して立ち去った。

 二分と経たずに一階の信託博物館に軒端が姿を現す。素早い動きにもかかわらず物音ひとつ立てずに室内を移動していく。通路の奥にある信託博物館の展示物を保管している保管庫にコピーした鍵を使って侵入する。いくつも並んだケースのラベルを指でなぞるようにして目的のものを探し出す。

「九ーBの六、これだ」

 引き出したケースを開け、内容物を保管庫の中央にある作業台の上に置く。

 黒革で装丁された無地の帳面が現れる。

 ロスト・アセット『未済報告書』だ。

 ややくたびれているが保存状態は良好で百年前のものとは思えない。レリックはそれ自体に状態保存の術式がかけられていることが多い。これにも同様の処置が施されているのだろう。

 軒端は慎重に表紙を開いて中の記述を確かめた。そこには一ページにつき三点のロスト・アセットの名称が五ページに渡り記されていた。だが、一つずつの名称の間は不自然に開いている。まるで何かをあとから書き足すつもりのようなスペースがあった。

「それぞれのロスト・アセットの効能は書かれていないか。運営が秘匿したのかと思ったが、情報自体なかったようだな」

 黒革の帳面が本物であることを確認した軒端は、表紙を閉じてバックパックから取り出した箱型のガジェットのトレーに乗せる。起動したガジェットの内部でまばゆい光が箱の中で何度も行ったり来たりしている。トレーに乗せた帳面を走査スキャンしているようだ。駆動音のほとんどない静かな作業が進行する。

 数分間が過ぎ、ようやくガジェットが動作を停止する。軒端は『未済報告書』の乗ったトレーを取り出し、その隣に別のトレーを引き出した。そこには擦り切れかけた角や少し寄ったしわまで寸分たがわず『未済報告書』と同じ姿をした黒革の帳面が乗っていた。

「中身は……やはりコピーできないか」

 軒端の使用したガジェットは一種の立体コピー機だ。量子テレポーテーションを応用し、物質の姿を分子レベルでそっくりそのまま引き写す。複雑な構造を持つ物質は無理だが、書類の類なら比較的短時間でコピー可能だ。量子結晶技術が研究され始めた当初から実用化が取り組まれていたガジェットで、この業界では一般的な代物だった。軒端が使用したものも特注品ではなくレイダース専門のチャンネルで入手したものだ。もちろん法外な値段がついていたが。

 立体コピー機が写し取れるのは通常の物質だけだった。レリックの効能自体は写し取れない。『未済報告書』に現れる文字もこのガジェットではコピーできなかった。軒端は用意したペンで本物の『未済報告書」の記述をコピー生成した無地の帳面に書き写していった。

 軒端がここまで手間をかける理由。それは彼が『未済報告書』を運営のオークションに提出するつもりがないからだった。彼は彼自身の目的のために『未済報告書』を必要としていた。運営の目をごまかすために偽物を用意したのだ。『未済報告書』の入手に失敗したことにすればいい。もしくは別のレイダーが偽物を入手した場合、偽物を運営に提出した責任をそのレイダーに押し付ければいい。

「時間を食ったな……む?」

 手早く片付け偽物を保管庫のケースに戻し、本物の『未済報告書』をバックパックに収納するとき、裏表紙から紙片がするりと抜け落ちる。高級なボンド紙の便せんは年月の中で変色しているが、文字はしっかりと読めた。

 そこに記されている詩のような言葉に目を通しているとき、廊下に人の気配が現れた。軒端は素早く保管庫内の物陰に身を隠した。


〔つづく〕

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