Ep6-12 三泉記念美術館(2)
美術館の展示物を保管する金庫室に侵入したレムナンツ・ハンズは多くのお宝の中からロスト・アセットを探し出す――
「んぎぎぎ」
ケイタが力を込めてハンドルを握り、扉を引き開ける。
「こら、ゆっくり開けろ。急ぎ過ぎると慣性で振り回されるぞ」
カサギの忠告に耳を貸さず、ケイタは力一杯扉を引く。最初ゆっくりしか動かなかった金庫扉が徐々に動き始める。
「こなくそぉ。お?お、お、おぉぉ、わぁっ」
半分開いたところで今度は止まらない扉に押されてケイタが慌てて床に踏ん張る。
「あははは」
「だから言わんこっちゃない」
「ま、ケイタだからね」
「戻しすぎないでね」
「ちっくしょー」
何とか壁に挟まれる前に扉を押しとどめたケイタを残して他のメンバーが順番に金庫室に入っていく。
中は小部屋ほどあって、壁一面に薬棚のようにいくつもの抽斗が並んでいる。
「さすがにこれ全部開けて確かめる時間はないよねぇ」
トオノがどうしたものかと考え込む。もちろんいろんな方法はあるが、今回はターゲットが複数あるのでどれに絞るかが難しい。形状や材質が分かっていればやりようはあるが……。
「量子位相観測機はある?」
倣介がトオノに向かって手を伸ばす。
「あるけど、どうするんだい?」
「今回のターゲットは長期間ここに保管されているレリックでしょ?」
倣介がみんなに下がるよう手ぶりをする。金庫室の中央に立って胸の高さに腕を伸ばし、手のひらに置いたソナーを起動する。ちょうど部屋の中央から周囲に向かって不可視の光線が走り、走査線に沿って量子結晶が咲き誇るように次々と壁面に顕現する。
「おお、お宝じゃ~」
一番奥の壁面に埋め込められている大きめの金庫の前に特徴的な結晶の群晶が花咲き、中央に量子核晶の正十二面体が顔をのぞかせる。
メイが目を輝かせて飛びつき、手を伸ばす。
「ちょっと小振り?」
独り言をつぶやきながらてきぱきと量子核晶を収穫する。
「探しているのはそっちじゃねぇって」
カサギが苦笑する。
「なんだよ、ターゲットは見つからないのか?」
「まあ、待ちなって。量子結晶は人の想いが積み重なって生み出されるっていうでしょ。きっとあの金庫の中には三泉家に伝わる国宝の茶器かなんかが入っているんじゃないかな」
「ほう?」
カサギが片眉を上げる。
「で、レリックはそれ自体が量子結晶を消費する存在だから、存在するだけで周囲に量子結晶体が形成される要因となるもの、つまり存在確率の揺らぎを吸収するんだ」
「なんだよ、全然分かんねぇよ。日本語でしゃべれよな」
「なるほど、つまりレリックが長期間置かれた場所の周囲には量子結晶が存在できない……」
「そ。だからソナーを打って量子結晶が少ない場所が、レリックのある場所ってこと」
倣介が周囲を見渡してまばらに生えている量子結晶が特に薄い場所につかつかと歩み寄る。引き出しには鍵がついていたが、倣介はポケットから出したピッキングツールで手早く解錠する。引き出しを開けると、中には貴重品が入っていることをうかがわせる桐の箱が出てきた。
「ね?」
手渡された桐の箱の紐を解いて開けると、年代物の黒漆塗りの装飾された木箱が出てきた。
「こいつぁ……」
深い黒の漆は艶を失っており角はわずかに摩耗している。蓋に描かれた金文様はかすれて元の絵柄を失っていたが、柔らかな曲線が高貴な身分かあるいは大陸の上級官僚の持ち物であることをうかがわせる。
真鍮の留め金を外して蓋を開けると、乾いた香木の匂いと絹布の赤が現れる。絹布は褪せて往年の高貴な赤を失い、暗い朱色にくすんでいる。
その箱にぴたりとはまるように八角形の太極盤に似た円盤が入っていた。ただし、明らかに太極盤とは異なる特徴として中央に回転する矢印が備わっている。
「『評決の羅針盤』だ。間違いない」
「おー、やったな、倣介。さすがだぜ」
「なるほど。ソロでレイダーをやっているってのは伊達じゃないってことか」
「まあね。宝探し専門でやっている連中の間では割と一般的なテクニックだよ」
「凄いな、これ。たぶんだけど明代かそれより昔の大陸のレリックだよ。歴史的な価値だけでもとんでもないことに……はっ、他のチームに狙われたらヤバいのでは?」
「そうだな。ここのターゲットは手に入れたんだ。とっととずらかろう」
「うぃ」
「了解」
トオノは興奮を抑えててきぱきと片づけを始める。
「おや?外箱の蓋の裏……なんだろう、箱書き?」
覗き込むトオノの目の前で桐箱の蓋裏から薄い和紙が剥がれて落ちる。
トオノは紙片を拾い上げて声に出さずに目で追った――
天の高みの金字塔
風の通詞の住まう場所
古き異国の神殿の
坤を護りし獅子頭
翼広げし凰の大雨覆の陰の下
鷲が支えし轂の褥
地を見守りし二柱
麗しき人の携えし糸巻きに宿る御子の夢
猛き男の鉄槌が
打ち砕く前にとく手に入れよ
――なんだこれ?昔のポエム?
「おい、トオノ、撤収急げ」
「あ、はい」
「おっしゃ、閉めるぞぉ。んぎぎぎぎ」
「懲りない人ですね」
「閉めるときゃあ、遠慮は要らないだろ?」
ケイタはバーンと閉めたかったようだが、密閉性の高い金庫室は中の空気に扉が押し返されてゆっくりとしか閉まらない。
「くっそぉ」
ケイタ対金庫扉の力勝負はケイタの完敗で終わった。
〔つづく〕




