Ep6-10 二人だけの参戦(2)
ついにレイド開始の時刻が訪れる。今回は純粋にドロボー働きを楽しむレイドのはず……が、さっそく英太がやらかしてしまう――
1時30分 東京・丸の内 レイド開始
「ぞわっと来たぁっ。レイド結界が立ち上がる瞬間って初めて体験するよ」
気づけば目の届く範囲からは完全に人が消えており通行する車もいない。まるで影の世界に滑り込んだかのようだ。
「そお?あたしは空気が軽くなるようにしか感じなかったけど」
結界の影響は人それぞれらしい。いずれにしてもこれ以降、目に入る人影は基本的にすべて敵だ。慎重にいこう。
影を伝って丸の内駅舎の北端へ向かう。新月に向かう月は真夜中を過ぎてもまだ空の低い位置にいてビルの谷間からは見えない。
「ここね」
片梨さんの声に無言でうなずく。道路と中央線の高架に挟まれた狭いエリアに窓のない用途不明の建造物がある。高さは十四メートルほどだろうか。丸の内駅舎の三階建ての屋根には届かない高さだが、直接レンガ造りの駅舎の壁を登るよりは目立たないだろうということで隣接する建物の屋上から飛び移る作戦をとることにした。
葉をいっぱいに茂らせた街路樹のイチョウが目隠しになって俺たちの姿を隠してくれる。周囲の高層ビルから観察されたら一発で見つかってしまうが、この時間はオフィスビルは完全に無人になっていた。
「一息に行くわよ。ついてこれなかったら置いていくからね」
「大丈夫、練習ではうまく出来たから」
「どうだか」
片梨さんが手首のガジェットのキーを軽く叩く。手袋から肘、肩とオレンジの光の線が走る。同時にブーツのつま先から同じ光の線が走り、すらりとした足を胴のほうへと駆け上っていく。マットな色合いだった黒のレギンスがオレンジの光沢を放つボディスーツへと姿を変える。きっちりと襟元まで閉じたエナメルのジャケットが光沢を保ちつつ片梨さんの体にぴったりとフィットして動きやすいボディアーマーに変貌した。
俺はというとバックパックに入れてきたジャージの上を羽織っただけだ。
「だっさ」
ほっとけ。そんな普段着までレイド用の装備を仕込んだものなんて持ってないわい。……今度ユナさんに相談してみよう。
準備のできた片梨さんが左右を見回し人目が無いことを確認すると助走も無しにその場で十五メートル越えの垂直跳びを披露し建物の屋上に消える。
俺も置いて行かれまいとガジェットを起動する。地面に肉眼では見えない魔法陣が描かれ、俺の体を強く上方へ撃ち出す。
「くっ」
強い加速度と急激な視界の変化に声が漏れる。が、何とかそのまま建物の屋上に降りることができた。
「もっと静かに着地しなさいよ」
そんなことを言われても、空中機動まで難なくこなす片梨さんと違って俺は打ち出されたあとは石ころと同じで放物線を描くのみだ。目視できない屋上の着地点のことまで発射時点では考慮できない。
「あんた、空気を扱うのが得意なんでしょ?着地点が見えたらそこに空気のクッションでも設置すればいいじゃない」
なるほど。
「次、行くわよ」
「OK」
片梨さんがこちらの建物から丸の内駅舎の階段室と思われる尖塔の屋根に飛び移る。
俺も見えている範囲なら空気の足場を作るのは得意だ。撃ち出した体が塔から落ちないように程よい足場とクッションを設置してそこ目掛けて飛び込む。
俺が合流するのを確認して片梨さんが北翼の八角ドームに向けて屋根伝いに走り出す。俺も遅れずに後に続く。
ドームには八方に明り取りの丸窓がある。その一つをそっと開けて中を覗き込んだ。
ドーム内部を照らす照明は落とされているが駅舎の中は完全な暗闇ではない。保安用にある程度の明かるさが確保されている。
うっすらとした明かりに八角形の梁が浮かび上がる。それぞれの梁の根元には漆喰で作られた羽ばたく鷲の彫像が天井を支えるように配置されている。一つとして同じ姿勢の物はなく、躍動感に満ちている。さらに一階下の壁には先日下見で訪れた回廊があった。
「この高さなら肉体強化を使うまでもないわね」
片梨さんが身を乗り出して回廊までの距離を測る。俺もつられて身を乗り出しかけたそのとき、頭上に量子結晶に似た気配を感じ取った。
「ちょっと待って、片梨さん」
「なによ。びびったの?」
「そうじゃなくてさ。量子結晶に似た気配を感じるんだ。これってレリックじゃないか?もしかしたらこの辺りにお宝が隠してあるのかも」
「ほんと?あたしは感じないけど」
「うーん、どこだろ?」
何か違和感を感じる。とはいえ、こんな大空間の天井辺りに飾りの彫像以外に何かがあるわけでもない。八羽の鷲に順に目をやる。ほとんどの鷲は左に首を曲げており、真下から見上げたときに厳めしい嘴が見えるポーズを取っている。が、二羽だけが天井に視線を向けていた。その二羽の鷲の視線が交わる先はドームの天頂の中心を指している。
「あそこ……何かある」
「あんな足場もないところなんて手が届かないわ……そっか、あんたなら宙に床が作れるんだったわね」
「ああ」
俺はうなずいて術式を発動し、空中に足場を形成する。そのままドームの中心部分に歩み寄り、円形の木の板の中心を調べた。
「やっぱり何かあるな」
濃い焦げ茶色に塗られた天板は薄明りの中では細部まで見えなかったが手で探るとわずかに動く部分があり、カタコトと音を立てた。
「寄木細工の秘密箱みたいなものか?」
「これ、使いなよ」
片梨さんがレトロモダンなデザインのサングラスを俺に手渡す。柔らかい丸みを帯びたオーバル型のデザインで、フレーム全体がオフホワイトのプラスチックっぽい質感をしている。幅のあるフレームはテンプルとリムが滑らかに一体化していて温かみのあるアンバー色の曲面レンズとスムースにつながっている。ただのファッションアイテムだと思っていたけど、これもどうやらガジェットらしい。
「ありがと」
サングラスをかけると自然に量子結晶回路がつながる感覚があり、薄明りでも視界がクリアになった。
「これならわかるぞ」
天板の寄木細工はよくあるタイプで簡単に開いた。
「おっと」
最後の木片を動かすと、中からパラフィン紙に丁寧に包まれた五センチ四方ほどのガラス板が滑り出てきた。
「なんだろう、これ」
「調べるのはあとよ。こんな場所にいつまでも浮かんでいたら誰かに見つかっちゃうわ」
それもそうだ。俺はとりあえず戦利品をウエストポーチに仕舞って三階の回廊へと降り立った。
ステーションギャラリーの中に入るのは簡単だった。回廊側からの侵入は考慮していないようで、単純なピッキングで開く扉が一つあるだけだった。そのまま中を進んで二階の展示室に向かう。
「あったわ。例の懐中時計。まだ他の連中は来ていないようね」
一番乗りを喜ぶ片梨さんの横で、ショーケースを慎重に開いて銀色の懐中時計に手を伸ばす。ついでに横に添えて展示されていたベルベットの巾着も手に取る。この懐中時計の入れ物のようだし、いっしょに持って行くほうがいいだろう。
ずっしりと重い懐中時計を手の中で転がしてみる。風防ガラスには残念ながら一筋のヒビが走っていた。が、それ以外は欠けたところもなく今にも動き出しそうな気配がある。
「手巻き式なのかな?」
耳の奥に遠くの雨音のような柔らかなノイズが響いている。
興味本位で時計のてっぺんにある竜頭をクイッとひねった。
「ちょっとあんた、何やってんのよ。使い方も分からないレリックを不用意にいじったら何が起きるかわからな――」
慌てる片梨さんの声が耳の中で急激に強くなる雨音に掻き消され、意識が暗転した。
不用意にレリックを作動させた英太は過去の幻影に意識を囚われてしまう――




